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「俺はもう、誰かと恋愛するつもりはない。お前とも、お前以外とも」
「うん。知ってるよ」
「だからもう……」
タオルに覆われた梓の上半身から、わずかに指先がのぞいている。視線でたどると、指先だけでなく彼の全身が震えていることに気づいた。
文太は思わず、その肩を引き寄せた。
それから、許諾も得ずにキスをする。
彼の唇はストーブの火に炙られて、ほのかに暖かかった。
「……すみません、魔がさしました」
抱き寄せたまま、文太は言った。
対し、梓は腕のなかできょとんとしている。
「梓さんは、違うのにね」
先日の彼からの言葉になぞらえて言うと、とうとう目を逸らしてしまった。
「お前、案外性格悪いな」
「悪いですよー。なかなか諦めないしね。雷鳥の皮被ってるけど、中身はハンターですから」
「なんだそれ」
肩から落ちかかっているタオルをもう一度巻きつけてやると、タオルごと抱き締め直した。
意外にも彼は抵抗せず、大人しく文太の腕のなかに収まっている。
その瞳はやはり不安定に揺らいでいたが、どうも暗いばかりではない——そう思いたかった。
「未来と間違えてるわけじゃないから」
「え?」
「文太は文太だって、ちゃんと思ってるよ」
梓ははっきりとそう言った。
おそらく、彼はこれが伝えたくて食堂の前に立っていたのだろう。
「うん……」
頬を撫でて、もう一度キスをする。
梓はやはり、抵抗しない。
その拒絶でも受容でもない、瞳の揺らぎが伝播するように、ざわめきが体中に広がっていった。
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