15. 深淵

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「じゃあ、須崎さん——俺に山を教えてくれませんか?」 途端、須崎が振り返る。 あまりに予想外だったのだろう。その口角は下がり、目は見開かれていた。 「はぁ?」 「だって、街でも勝ち目ないんでしょ。だったらせめて、登山技術だけでも追いつきたくて……」 「お前何言ってんだ。ライバルに擦り寄るってどういう神経してんの」 「擦り寄るとかじゃないです! ただ、山岳会とか、体育会系の組織に入るのはちょっと怖いですし……須崎さんなら間違いないと思って」 文太の発言により、須崎はすっかり戦意を失ったらしい。 途端、疲労を露わにし、まぶたを閉じてしまった。 「勘弁しろよ。そんなことしたらアズに殺される」 「殺されるって?」 「アズはな、お前に未来——兄貴と同じ道を辿ってほしくないんだよ。山やってほしくないの。それぐらいわかれよ」 「もちろんわかってますよ。でもそれじゃ、須崎さんに負けちゃうから……」 すると、須崎が上体を起こした。 うるさいと一蹴されるのかと思いきや、彼はこちらを見下したまま、黙っている。 それから、文太の上に覆いかぶさってきた。 「お前さ、いるだけで最高にむかつくけど、顔はまあまあ可愛いよな」 突然の事態に、文太は混乱した。 あの須崎が自分を褒めていることにもだが、動揺はもっと別のところにあった。 「まじで犯してやろうか?」 息で頬をなぞられて、文太は身を捩った。 起き上がろうにも、布団の上から押さえつけられていて、身動きが取れない。 「梓さんのこと、本気なんじゃないんですか!?」 「あ? アズだってやりまくってんのに、なんで俺だけ馬鹿みたいに貞操守んなきゃなんねーの」 「そ、それはまあそうですけど……」 「お前がイラつかせたんだから、なんとかして鎮めろ」 足をバタつかせてみるが、びくともしない。 こちらの反応を伺って楽しんでるのが、見て取れた。 「俺と梓さん、全然タイプ違うじゃないですか。ストライクゾーン広すぎじゃないですか?」 「広いほうが人生楽しいだろうが」 ニタニタと笑いながら、文太の胸の上で頬杖をついている。 彼にその気があるようには思えなかったが、肘で圧迫されているせいか徐々に苦しくなってきた。
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