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「ぱっと見ぽわぽわしてんのに、実はすげーぐいぐい行く奴って、ほんとたち悪い」
「須崎さんみたいに、ぱっと見も実際も、ぐいぐい行くのもどうかと思いますけど」
「んっとに、俺のこと全然わかってねーなぁ、お前は……」
須崎は憂慮を含んだため息をついた。
目のなかの悪戯な光はいつのまにか消え失せ、彼の体の重みはより一層増した。
「わかってほしいなら、教えてくださいよ」
「はぁ?」
「弱味握ろうなんて思ってないですからね。ただいつも唐突だし、つっけんどんだから……もっとちゃんと須崎さんのことも知りたいです、俺は」
驚いたのか、須崎は猫のような目を数回、瞬かせた。
「なにお前、俺に気があんの?」
「違いますよ。須崎さんは数少ない、梓さんの理解者のひとりじゃないですか。俺はそういう意味で————」
「じゃあやっぱり、体から深め合うか」
須崎は文太に耳打ちをすると、覆いかぶさってきた。
彼はもうこれ以上、文太に心の中を覗かせるつもりはないらしい。
「はい、もう終わり!」
文太は体を側臥位に向き直して彼を振り落とすと、両腕を布団から出した。
彼は床に音を立てて転がり、うつ伏せの体勢のまましばらく動かない。
しかし、よく見ると、微かに肩を震わせている。
一瞬、驚いたが、どうやら涙によるものではないらしいとわかると、文太は布団に潜り込んだ。
「お前、ほんと目障りだけど、ちょっと面白いな」
なんか笑えてきた。
須崎は床に突っ伏したまま、くすくすと声を漏らしている。
「笑えるようなこと、なにも言ってないですけど……」
しかし須崎から笑いが止むことはない。
文太は相手にするのをやめて、背を向けた。
やがて、シーツの摩擦する音が響いて、彼も床に入ったことを察知すると、小さく「おやすみなさい」とだけ挨拶をした。
それに対しての返答はもちろんない。
「早く下りてくれよ、頼むから」
その代わり、小さな彼のつぶやきが、食堂の四角に響き渡った。
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