16. パッチワーク

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「ブンに最後のおつかい頼んでもいいかな」 つられて窓の外を眺めていたら、岳が突然、切り出した。 おつかいというと、系列小屋である神無月小屋——すなわち、須崎のところへ行けということだろうか。 文太の動揺を悟ったらしい岳が、隣で吹き出した。 「匠んとこじゃないよ。手前に如月避難小屋あるでしょ。そこに行ってほしいの」 「如月避難小屋ですか?」 「うん。うちが管理任されてる小屋で、今の時期は閉めてるんだけどね。今日、アズが定期点検と掃除に行ってくれててさ」 梓の名前を聞いた途端、脈が速くなる。 岳の眼鏡越しの穏やかな視線にたじろぎ、ふたたび窓の外を見た。 彼にはなぜか、すべてを見透かされている気がしてならない。 「昼ごはん持っていってあげて。今日は暇だし、帰りも急がなくていいから」 ——つまり、梓と自分を取り持とうとしてくれているのだった。 文太はあれから、梓のテントに行っていない。 挨拶や立ち話はしても、それ以上近づくと、また梓を追い込んでしまう気がしてこわかった。 岳は、そんな文太の躊躇や、下山日が迫っていることへの焦りを悟ったに違いなかった。 「岳さんって、なんで俺と梓さんのこと、気にかけてくれるんですか」 「え?」 「いや、勘違いだったらすみません。でもなんか……配慮してくれてるように感じて」 岳は眼鏡のブリッジを人差し指で押した。 その仕草は、なにか改まったことを言う前触れなのだと、以前、楠本に教えてもらったことがある。 「アズの助けになってくれるんじゃないかなって、勝手に期待してるから」 文太は耳を疑った。 梓には助けてもらうばかりで、助けてなどいない。 それこそちっぽけで無力な、赤ん坊と同等だ。 否定をする前に、岳がまた新たに切り出した。 「それに、親近感もあるかな」 「親近感ですか? 俺に?」 日がないせいか、まだ午前中なのに室内は薄暗く、薪ストーブの炎ばかりがやたらと赤い。 明日もし晴れたら、帰る前にもう少し追加で薪を割っておこうと、文太はなんとなく思った。 岳は窓の内側の曇りを人差し指で擦りながらしばらく外を眺めていたが、やがて振り返った。
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