16. パッチワーク

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「アズは俺が来たころにはもう既にこの小屋に出入りしてて、父親にえらく可愛がられてた。たぶん父親も、俺じゃなくてアズに継いでほしかったんじゃないかな。神無月小屋にはもう匠がいたしね」 「そんなこと————」 文太のフォローを、岳は穏やかに笑いながら受け流した。 「でも、アズと匠のふたりだけは俺に優しくしてくれて、色々と教えてくれた。特にアズはさ、つかず離れず——俺を見守っててくれるんだよね。岳のやり方で新しいヒュッテ霜月をつくっていけばいいんだって」 梓は小屋のスタッフとして勤めていた時期もあったそうだが、基本的にはずっと、今のような立ち位置らしい。 決して入り込みすぎず、岳が困った時にサポートする——岳が岳自身で新しい小屋のやり方を模索するのを、見守ってきた。 それは実に、梓らしい優しさだった。 ——ヒュッテ霜月には、梓や須崎のような高い登山技術をもった人材がいない。 しかし、近くで遭難者が出れば放っておくことはできないから、緊急事態が発生した際には、彼らを頼らざるを得ないのだという。 逆に、どんぶり勘定だった神無月小屋の金銭面の管理や経営面については、サラリーマン時代の経験を活かして岳がアドバイスすることが多いらしい。 だから今では、ギブアンドテイクのような、対等な関係が築けているのだそうだ。 「匠とはね、今はまあ、持ちつ持たれつって感じなんだけどね。アズにはなにもお返しできてないんだよ。だから俺も、あいつを助けてあげたい」 言い切って、岳はこちらを向いた。 まるで、願いを託すように、その瞳には期待が浮かんでいる。
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