16. パッチワーク

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「岳さんは……須崎さんの気持ちが報われてほしいとは思わないんですか」 「匠の?」 岳はどうもしっくりこないのか、首を傾げた。 「うーん、匠がアズを助けてるのは事実だし、ふたりは対等でいちばん近しい位置にいるのもわかるけど——それはまた別じゃないかなぁ」 「別?」 「匠の思いが報われるイコール、アズが救われるわけじゃないってこと」 わかるような、わからないような。 消化不良な感情を喉で転がしながら、文太は滑る手のひらを握りしめた。 「でも俺は——到底、兄や須崎さんと同じ土俵にのることはできないなって、なんか色々思って。助けたいって思ってても、なにをすればいいか……」 つい、弱音がこぼれた。 言葉にしたのはこれがはじめてだ。一度口にしたら、負の感情がとめどなく溢れてしまいそうで怖かったのだ。 しかし、いざこぼしてみると、濁流になることはなく、むしろ瘡蓋が剥がれ落ち、新たな皮が張るような、清々とした気持ちになった。 「ブンはさ、アズにあいた穴の全部を、ひとりの人間が満たせると思うの?」 「え?」 「土俵みたいに落とし合うものでも、椅子取りゲームでもないと思うんだよ。そんな単純でもない。そうだな、しいていえばパッチワークみたいというか——」 窓を、水が伝う。 薪が火に煽られて弾ける音が断続的に立った。 「俺でも、匠にさえも埋められなかった部分を、ブンになら埋められるんじゃないかって、俺は思うから。もちろんそれは、梶川未来の弟としてじゃなくてね」 「俺としてってことですか?」 岳は笑みをつくったまま、窓のほうへと向いた。 彼に誘導されるように、文太も目を凝らして外を見てみる。 雨はもう止んでいるようで、軒下の水たまりは平らに張ったままだ。 「俺、行ってきますね」 振り返って壁時計を見ると、窓辺から体を離した。
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