17. 告白

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しかし、予想以上に雲の流れは速く、行動を開始したころには霧が景色を隠し、ふたりをすっぽりと覆っていた。 山頂から露営地に向かって下山している時には、すでに激しい雷鳴が響いていたが、それでも濃霧でなにも見えないうちはまだ冷静だったらしい。 危機感を覚えたのは、白い空気を切り裂く、青白い光を間近にとらえた時だ。 あ、と声を上げたその瞬間、死の刃の矛先は、確実にこちらに向けられていた。 ふたりはバックパックにさしていたトレッキングポールを捨てると、姿勢を低くして走った。 梓は咄嗟に近くのハイマツ帯に体を潜り込ませたが、その時にはもう、未来の姿は見えなかったらしい。 ——霧のなかで、山肌を砕くような雷鳴が轟く。 閃光が飛び散り、かなり近い場所で落雷していることがわかった。 高い建物や木々すらない稜線では、いつ我が身に直撃するかわからない。 迫り来る死の予感、命を失う恐怖。 果たして未来は大丈夫だろうか。 青い閃光は、彼を引き裂きはしないだろうか。 未来。 未来は———— その不安が自分自身よりも、未来に対するものだと気づいた時、梓は身がすくんだという。 ハイマツのざらりとした葉が頬を殴り、閃光と轟音に巻かれているのに、あらゆる感覚が離脱していくようだった、と。 まさか、雷に巻かれて初めて、自分の気持ちに気づくだなんて、思いもしなかったのだろう。 やがて、徐々に雷の音が遠くなっていっても、梓はハイマツから這い出すことができずにいた。 冷静になればなるほどに、あらゆる恐怖が肥大していったのだった。 近くに未来の気配はない。 彼の名を口にしてみるが、声は思ったよりも低く、震えていた。 未来、無事か、みらい———— 何度か口にし、言葉がようやく言葉らしくまとまった時、少し離れたところから、微かに声が聞こえてきたという。 極度の緊張状態から解き放たれたような、抑揚のない笑い声。 久々に死ぬかと思ったー! それはひとしきり笑った後に放たれた、実に明るい、未来の声だった。 彼が近くにいる。 梓はそれを実感すると、先ほど、突然噴出した感情が、はっきりとまとまるのを感じたらしい。 互いに体を起こして目を合わせた時、梓は咄嗟に未来を抱きしめていた。 また、未来もごく自然に、梓を受け入れた。 その調和は、溶け合うように自然に訪れたという。 まるで互いにこの瞬間を待ち侘びていたのだといわんばかりの、長い長い抱擁だった。
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