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——それから下山口までは長かったが、そこらへんの記憶は曖昧だという。
ただ、ふたりは長旅に思いを馳せることも、祝杯を上げることもしなかった。
とにかくふたりきりになれる場所を探し、ようやくたどり着いた宿の一室にこもると、夢中で互いの欲求を満たした。
抱き合っては果て、ふたたび抱き合ってはまた果てて——新しい始まりの、眩しい光の中をまさぐった。
しかし、その光のなかで掴んだ手掛かりが、正しい入り口だったのかは梓自身、今でもわかっていないらしい。
というのも、未来といざそうなってからは、喧嘩が絶えなくなったからだ。
梓は以前から、写真サークルに属する友人に引率する形でたびたび山に登ることがあったという。
彼らとの山行は近場の山の草花を見ながらゆっくり撮影して歩くといった趣旨のもので、高みを目指す未来とのスタイルとはだいぶ違っていた。
きっちりと線引きをしていたそこに、未来が干渉するようになったのは、夏が過ぎてからだ。
単純な嫉妬ばかりではない。
梓が元々、動植物の観察や写真撮影を趣味とすることを、未来は知っていた。
おそらく、梓がそっちにのめり込むこと——唯一無二の山のパートナーを失うことへの恐れもあったのだろう。
恋愛感情と共依存、執着をこじらせた関係は、複雑に絡まって澱んだ。
対等だったふたりの関係は均衡を崩し、未来は山行でも自分本位な行動を起こすようになった。
一方で梓も、彼に強く言うことができなかったらしい。
こんな風になるならば、友人のままでいたほうがよかったのだろうか。
いや、でも人生最高の朝日を前に、距離が近づいたあの瞬間、自分は確かに幸福だったのだ。
その後に訪れた代償のような痛みを伴っても——
梓の情緒は不安定に揺れたまま、あの日が来たのだという。
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