17. 告白

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✳︎ それは忘れもしない3月の終わり、東アルプスの藤見ヶ岳から師走キレットを通過し、蜜ヶ岳を経て下山する計画だった。 ふたりにとっては、決して無謀な挑戦などではないだろう。 3月から5月にかけては残雪期といって、いわゆる厳冬期とは環境が異なる。雪も硬くなって歩きやすいし、寒さや日照時間を考えても厳冬期よりはレベルが易しくなるとされている。 ただ、まだまだ天候は読みにくく、それなりの気難しさがあるのも事実だ。 しかし、雪山は昨年から経験を積んできたし、ふたりで雪上講習会にも参加した。今年も日帰りではあったが、厳冬期の山にもいくつか登っていた。 これまでの絶妙なコンビネーションをもって挑めば、場数のひとつに過ぎない、そんな山行になるはずだった。 ——そもそも、梓は最初から天候を懸念していたらしい。 数日前から冬型の気圧配置が続き、山には多くの積雪があった。そしてその後はしばらく、春めいた陽気が続いていたからである。 積もった雪が緩み、雪崩が発生しそうな条件が揃っているうえ、2日ともあまり天気がよくはなかった。 出発前に未来の機嫌を損ねてさえいなければ、梓は間違いなく、この山行を止めていただろうと言った。 そう、本来ならばこの山行は2週間前に実行されるはずだったのだ。 その数日前、別のパーティで出かけた山行で、梓が風邪を引かなければ———— そのパーティというのが例の写真サークルの仲間であること、それ以前から綿密な計画を立てていたにも関わらず出鼻を挫かれたこと、色んな要因が絡まって、未来はえらく怒ってしまった。 1度目の約束を、体調不良により破ってしまったのは自分であるし、彼が取り決めた代替日をさらに引き延ばすことについて、強く言えるはずもない。 しかし、梓には不安がつきまとっていたという。 未来は、体力も技術もあったが、鼻っ柱が強いところがあり、物事をロジカルに考えることが苦手だ。 本来なら、それを担い、暴走しかかる彼の手綱を引くのは梓の役目である。 ただでさえ冷静とはいえない彼のペースに巻き込まれて冬の山に行くということが、いかにハイリスクなのかもわかっていた。 しかし、梓はこの時、日々の牽制や言い合いにすっかり疲れ果ててしまっていた。 途端にバランスが崩れてしまった関係性を持ち直すには、あまりにも体力不足だったのである。
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