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——懸念していた雪の緩みは、やはり読み通りだった。樹林帯を歩いているとき、遠くの尾根から度々、雪が砕け落ちるのを目にしたらしい。
それでもなんとかして初日は稜線に辿り着き、藤見ヶ岳のピークを踏んでから文月山荘にテントを張った。
2日目も、朝のうちはまだ順調といえた。最大の難所である師走キレットも、悪戦苦闘しながらなんとか通過したのである。
ところが、ヒュッテ霜月を過ぎたあたりから天候が悪化の一途をたどり、如月避難小屋に到着した時には、もう風雪がふたりを取り巻いていた。
2日目まではなんとかもつだろうと思っていたが、その辺は読みがあまかったらしい。
——避難小屋の中で、梓は冷静に未来を諭したという。
この風雪は明日も続くだろうこと、ここから先、蜜ヶ岳のピークは雪庇や雪崩の可能性もある。視界が悪いなかで進むのは、大変危険であること。
しかし、撤退を匂わせると、やはり未来は臍を曲げた。
彼は非論理的な事例を持ち出しては「行けばなんとかなる」といった趣旨のことを述べたが、梓が取り合わないと次第に激昂し、今回の山行に関係ないことまで話し始めては、非難した。
そこからまた長時間、口論となった。
写真のサークルにでも入ればいい。もとからそっちがやりたかったんだろ。そっちといるほうが楽しそうに見えるんだよ。俺のことはもういい。これからはひとりで登るから、お前は金輪際、口を出すな————
彼のなかの燻りが、烈火となって噴き出たときも、別に驚かなかったという。
人付き合いが苦手な彼にとって、梓は友人であり、山のパートナーであり、恋愛相手だった。
執着するのは当然のことで、それは梓だって同じだ。
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