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「なんであの時、未来のふりしたんだよ」
ここで最初に会った時、梓が寝ぼけて兄と文太を混同した。その時、否定もせずに話を合わせたことを指しているのだろう。
「深い意味はなかったんです。ただその方がなんとなく、梓さんが救われるような気がして。でも、すぐ後悔しましたけど」
「後悔って?」
「兄に重ねられるのが嫌だったというか。俺、最初からたぶん梓さんのこと好きだったんだろうね。兄ちゃんのまぼろしとしてじゃなく、俺を俺として、最初から知ってほしかったなーって」
梓が短く息を吐きながら笑う。彼の表情が解れると、文太はやっと少しだけ安心できた。
あぐらをかき直した際、どさくさに紛れて肩をぶつけた。
触れ合ったままでいても、梓は拒まなかった。
「文太と未来は全然違うけどな。パッと見は似てるけど、中身はなにもかも全く違う」
「北極と南極みたいな感じ?」
「お前、北極と南極の違いわかってんの?」
「……ペンギンがいるかいないか」
梓はまた、声を上げて笑った。
その手を取りたかったが、文太は拳に力を込めて堪えた。
彼の左手には特別なものが宿っている——それを知ってしまったからだった。
「俺、告白の仕方間違えちゃったね……」
「なにが?」
彼に告白した時、朝日を見ながらキスをして、左手を握った。
知らなかったとはいえ、兄とまったく同じことをしていたのだ。
結果、梓の特別なもののなかに割り込み、ひどく混乱させてしまった。
だから文太は、手ではなく足の親指で、彼の甲をなぞった。
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