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「俺、来年もまた来るから。だからまたここで会ってください」
「なんでここで会うんだよ」
「だって梓さん、どうせ連絡先とか教えてくれないでしょ」
期待を込めて上目遣いをしてみるものの、梓は黙ったままだ。
「じゃあここに来るしかないじゃん」
すかさず言葉を差し込むと、梓はため息をついて柱に寄りかかった。
「もう来るな。山をやるな。両親を心配させるな。破ったら縁切る」
「山に来られないなら、どっちみち縁切られたも同然じゃん」
梓はまた、口をつぐんだ。
「お前、しつこいな」
「そうだよー、今気づいた?」
梓はそっぽを向いたが、全くの拒絶というわけでもなさそうだ。
浮き出た、綺麗な顎の輪郭の骨に目を奪われる。
触れたい衝動を振り落とすように、文太は脚を伸ばした。
「あ、来年はちゃんと自分用の服買うよ。梓さんにもらったこのダウン以外はね」
反対方向を向いたまま、梓が小さく笑った。
それを見ているだけで、今はもう充分だと思った。
梓が見せてくれた心の一部は、文太が捉えているよりもはるかに暗い深淵だ。
それでも、なんとかしてその入り口に取り付くことができた。
あとは、手を伸ばし、足をかけ、ゆっくりと深くまで進んでいくだけだ。
ゆっくりでも、着実に——
「また必ず、梓さんに会いに来るから」
迷った末、文太はそっと彼の肩に頭をもたれた。
梓は黙って受け入れてくれた。
微かに上下し、彼の呼吸のリズムをつかむと、文太もそれに合わせる。
耳たぶにふれた首筋は温かく、穏やかな血の流れを感じた。
雨上がりの分厚い雲から光が差し込み、木目の一部を、まるでスポットライトのように照らしていた。
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