18. Perfect

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いつものように薄暗いなか起床し、勤務の準備をする。 空になった自分の寝室や、部屋の角に置かれた、すっかり支度の済んだバックパックがなければ、なんら変わりのない光景だ。 身支度を整えてからキッチンに入り、来客用の食事の準備をする。鍋からのぼる湯気に巻かれながらも、徐々に空が白み始めてくるのを感じると、文太は窓の外を覗き込んだ。 青と赤の混ざった、甘ったるいカクテルのような空の色と、黒い山肌のコントラスト。 久々にパーフェクトな、晴天の朝だった。 「あーあ、ブンちゃんのおやつともおさらばか〜」 素早く手を動かしながら、楠本が言った。 所作は一見雑に見えるが、並べられた椀の中に、器用に味噌汁を注いでいく。 一滴たりともこぼさない、華麗なお玉捌きには、いつものことながら目を見張った。 「すぐに蓮が来るから大丈夫ですよ」 「まみやんの汚料理食べるぐらいなら、自分で作ったほうがましだよ」 楠本は舌を出してなにかを吐き出すようなリアクションをしてから、椀の中に乾燥わかめを散らしていった。 ちりちりとした黒いかたまりが、湯のなかでほぐれ、膨らんでいく。 文太は椀を四角いトレーに乗せられるだけ乗せると、テーブルに均一に並べ始めた。 「ブンちゃんさ、結局のところ梓さんとどうなったの」 カウンター越しに楠本の声が響き、思わずあたりを見回した。 「どうもなってないですよ、別に」 「おととい、ふたりが如月避難小屋でやりまくってたって噂を聞いたんだけど」 「ただ話してただけですよ。カマかけないでください」 素気なく返すと、楠本はつまらなさそうに唇を尖らせた。 「なによ。結局、匠さんに軍配が上がったわけ?」 「うーん、そういうわけでもないんですけど……」 「え、まさかのダークホースで琉弥氏?」 「いやいや、なんでそうなるんですか」 彼はどうも、梓を取り巻く恋愛模様を娯楽のひとつとして捉えているらしい。 湯気を挟んだ向こうで、にまにまと笑った。 「帰る前に梓さんのテント寄ってくんでしょ? 最後のひと押ししていきなよ」 文太はカウンターに置かれたおひつを受け取る代わりに、ため息をこぼした。 もちろんそのつもりだった。だが————
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