18. Perfect

4/5
前へ
/293ページ
次へ
「ブン、奥で先にごはん食べちゃいな。もう仕事は大丈夫だから、準備して早く出ないと」 岳は背中に手を当ててくると、急かすように軽く押した。 「え、でも俺……」 今日は天気ももつはずだから、宿泊者のチェックアウトが落ち着くまではいるつもりだった。 みんなにきちんと挨拶をしたかったし、それにまだ梓にも会えていない。 「いいから。早く行け」 しかし、岳の半ば命令じみた口調に圧されて、頷くしかなかった。 結局、客の出入りがまだ慌ただしい時間帯に、なんとか3人に見送られながら、文太は小屋を後にしたのだった。 だから帰り際、目に留まったホワイトボードの行き先の欄に「東京」と、さらに戻り時間には「来年また必ず来ます」と、こっそり記しておいた。 みんなはいつ気づくだろうか———— 騒々しい中での別れだったので、感傷に浸る間もなかった。 たっぷりと蓄えていた涙は奥底に引っ込んでしまい、なんだか拍子抜けしてしまう。 湿っぽくなるよりはよかったのだろうか。 梓も、しんみりした別れはきっと苦手なのだろう。姿を消したのはきっと、彼なりの思いがあってのことなのだ。 下りは約6時間。 この時間に出れば、今日中に東京まで帰れるかもしれない。 文太は、チェストハーネスを調整し直してから一度小屋を振り返り、ふたたび歩き出した。 空はどこまでも青く広がり、稜線の向こうへと続いている。 時折、強い風が巨人の手に変貌し、文太の全身を撫で付けていった。
/293ページ

最初のコメントを投稿しよう!

558人が本棚に入れています
本棚に追加