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「琉弥のいびき、うるさかったっしょ」
従業員の奈良琉弥の名が出た瞬間、文太は楠本に心を読まれてしまったのかと思った。
部屋割りはまず壁際に奈良、文太を挟んで楠本という並びだ。
「いや、まあ……はい」
「いつも琉弥の隣に誰が寝るか、岳と相談してんだよね。で、結局は新参者が犠牲になるわけ。去年はそれが間宮だったんだけど、今年は梶川君になりましたー」
岳とは、小屋の支配人である沢村岳のことだ。
歳は30前半ぐらいだろうか。日には焼けているが、メガネをかけていて口調も穏やかなせいか、山男のイメージからかけ離れている。
彼のスペースは楠本の隣——ドア側の角に設けられていた。
「いやー、琉弥の真横はきっついよね。梶川君ひとり隔ててるだけでずいぶんマシだもん」
「……あの部屋割りの順って、シーズン中はずっと変わらないんですか?」
「うん、変わらない。残念!」
文太が背中を丸めてため息を吐くと、楠本は声を上げて笑った。
童顔で小柄だが、前に組んだ腕にはみっちりとした筋肉がついている。
「不遇な梶川君には、ちょっといい耳栓をあげよう」
栓をしたところで所詮、焼石に水ではなかろうか——文太は苦笑いした。
「でもさ、カーテンで仕切ってあるだけでも良心的なんだよ? ほかの小屋だと、男部屋は仕切りがなくて雑魚寝ってトコもあるからね」
「そうなんですか?」
「そうだよ。カーテンもなしじゃね、さすがにシコれないし」
「え、じゃあ今はシコってるんですか!?」
「なに聞くのよ、エッチ」
これから隣で眠る身としては、できれば知りたくない情報だ。文太はそれ以上深掘りするのをやめた。
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