2. ヒュッテ霜月へようこそ

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琉弥(りゅうや)のいびき、うるさかったっしょ」 従業員の奈良(なら)琉弥の名が出た瞬間、文太は楠本に心を読まれてしまったのかと思った。 部屋割りはまず壁際に奈良、文太を挟んで楠本という並びだ。 「いや、まあ……はい」 「いつも琉弥の隣に誰が寝るか、(がく)と相談してんだよね。で、結局は新参者が犠牲になるわけ。去年はそれが間宮(まみやん)だったんだけど、今年は梶川君になりましたー」 岳とは、小屋の支配人である沢村(さわむら)岳のことだ。 歳は30前半ぐらいだろうか。日には焼けているが、メガネをかけていて口調も穏やかなせいか、山男のイメージからかけ離れている。 彼のスペースは楠本の隣——ドア側の角に設けられていた。 「いやー、琉弥の真横はきっついよね。梶川君ひとり隔ててるだけでずいぶんマシだもん」 「……あの部屋割りの順って、シーズン中はずっと変わらないんですか?」 「うん、変わらない。残念!」 文太が背中を丸めてため息を吐くと、楠本は声を上げて笑った。 童顔で小柄だが、前に組んだ腕にはみっちりとした筋肉がついている。 「不遇な梶川君には、ちょっといい耳栓をあげよう」 栓をしたところで所詮、焼石に水ではなかろうか——文太は苦笑いした。 「でもさ、カーテンで仕切ってあるだけでも良心的なんだよ? ほかの小屋だと、男部屋は仕切りがなくて雑魚寝ってトコもあるからね」 「そうなんですか?」 「そうだよ。カーテンもなしじゃね、さすがにシコれないし」 「え、じゃあ今はシコってるんですか!?」 「なに聞くのよ、エッチ」 これから隣で眠る身としては、できれば知りたくない情報だ。文太はそれ以上深掘りするのをやめた。
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