20. 休憩

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「たまたま今、目の前に俺がいるからとか——そんな都合のいい相手になりたくないんです」 「俺、そんなこと言った?」 文太は後退りして距離を取ると、膝を抱えた。 「俺は梓さんの連絡先すら知らないんだよ。そんなん、これっきりだって思うじゃん……」 梓がため息を吐いたのがわかって、文太は膝頭に胸を押しつけ、きりきりと迫る痛みを誤魔化した。 自分から突き放したくせに、彼の気配が遠のくのが怖くて、バスローブの裾を掴んで引き止める。 「大勢のなかのひとりじゃ、嫌なんです」 梓は後退りも、立ち上がりもせず、そこに座ったままだった。 「大勢のなかのひとりだと思ってんの? お前は、自分で」 文太は口をつぐんだ。 たぶん、それは違う。 けれど、文太が期待しているような、いわゆる「特別」ではないだろう。 兄弟だから。梶川未来の弟だから———— しかし、それを今確かめるのは、あまりにもこわかった。 「都合のいい相手になるかよ。お前みたいなめんどくさいの」 文太は俯いたまま、歯を食いしばった。 そうでもしないと、彼の言葉をポジティブに受け取ってしまいそうだったからだ。 「俺の名前で検索すれば、ウェブサイトぐらい出てくる。本気で会いたいんだったら、いくらでも探す方法はあるし」 そこで文太はようやく顔を上げた。 「会いに行ってもいいの……?」 梓から具体的な返事はなかったが、その目は穏やかで、やはり文太を面白おかしそうに眺めているのだった。 「積極的なんだか消極的なんだかわかんないな、文太は」 目を細めた彼の、サイドの髪から水滴が伝い、首筋の骨を滑り台にして落ちていく。 やがて胸の下へと消えたそれを目で追ううちに熱が宿り、ネガティブな感情を焼き切ってしまった。 「やっぱりしていいですか」 「なにを?」 「梓さんを抱きたい……」 返事を待たずに彼の体を押し倒すと、バスローブの紐を解いた。 腕は日焼けしているのに胸は白くて、それがたまらなくいやらしく思えた。
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