20. 休憩

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「ごめん。全然余裕なくて……うまくできなかったよね」 特に後半は、まったく配慮ができなかった。独りよがりになっていなかったかと問われたら、自信がない。 一笑されるかと思いきや、梓は文太の髪のひと束を指に絡ませて遊びながら、まだいくらか余韻のある、熱っぽい声で言った。 「うん? 気持ちよかったよ」 彼のフォローは実にシンプルで、嘘めいた抑揚がなかった。しかし、その潔さにいささか不安も覚える。 文太はふたたび覆いかぶさると、キスをした。 「ん……」 触れ合ったそばから唇をこじ開け、深く口付ける。 また梓も、こちらが求める分だけ返してくれた。 触れ合っている肌はまだいくらか熱を残していて、濃厚なキスをもらううちに、ふたたびとろけそうになる。 「次はもっと……ちゃんとします」 頬を撫でるが、梓は唇を結んだまま、口角をわずかに上げただけだった。 その曖昧さに不安は強くなるばかりで、文太は身を擦り寄せた。 「次、あるよね……?」 すると、梓は堪えきれないとばかりに表情を崩した。 目尻に寄った皺を見て、文太はようやく息を吐いたのだった。 「なんて顔してんだよ」 「梓さんが不安にさせるからでしょ」 彼の胸に耳をつけ、のしかかった。 鼓動は穏やかなリズムを保ち、触れ合っている肌はうっすらと汗ばんでいる。 汗を挟んでいるせいか、温いような、妙な感覚がした。 「文太が日常に戻っても、それでもまだ俺に会いたいと思うなら——会いにくればいい」 「なに。その俺が当然のように心変わりするみたいな言い方」 「この2カ月間はある意味、非日常だったからな。電波もない山奥に、男ばっかで」 「それと梓さんを好きになったこととはまったく別物だけど」 ——つまり、感覚が麻痺した状態での、一時的な感情だろうとでもいいたいのか。 たしかに今まで同性と付き合ったことはないから、いくら言葉で表そうとしても、梓にとっては無意味だ。 別に、説き伏せるつもりもない。 「梓さんがどう思おうと勝手だけど、俺は会いに行きますから」 梓の胸がわずかに上下し、彼が笑ったのがわかった。 「手繋いでいいですか」 文太は梓の左手を取りかけて思い直し、彼の反対側に回ると、右手を取った。 「聞くわりに返事待たないよな、お前」 「拒否されたらかっこ悪いじゃないですか」 強く握ると、彼も微かに握り返してくれた。 そのわずかな力を、今はできる限り——信じたかった。
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