21. 小さな箱

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部屋は広々としたワンフロアで、向かって左は休憩や打ち合わせをするスペースになっているらしい。 その右側では今まさに撮影が行われていた。 バック紙の上に女性モデルが立ち、その向かいにはカメラをかまえている梓。 その周りを囲む、数人の男性スタッフ。 梓は、三脚に設置したカメラを覗き込みながら、モデルに気さくに話しかけている。 ちょっと上向いてー、そのままニコニコー、眩しいーみたいな感じでー、そうそうー まるで別の誰かを見ているようだった。 愛想笑いをする梓も、その音引きを多用したような喋り方も、まったく知らない。 文太の前ではいつだって、控えめに口角を上げるか、こちらからの声がけに対して、ひと言二言、発するだけだった。 反響しているにしても、声の通りもいい。 毎回、小声で話す彼の言葉を一言も聞き流さないよう、文太はいつだって全神経を集中させていた。 出せるのならば、自分といる時にも出してほしい。 ——梓がこちらに気づく様子はない。 すると、先ほどタバコを吸っていたTシャツの1人が梓に近づき、親しげに肩に手を置いた。 カメラを覗き込んでいるにしては、距離が近い。 やがて、ふたりで液晶モニターを覗きながら、揃って笑い始めた。 それを目視していたら、かろうじて残されている可能性や期待が萎んでいきそうで、文太はそっと扉を閉めた。
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