22. かっこ悪い言い訳

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「俺の次はブンちゃんかぁー。2人揃ってついてないね」 風の音や電波状況のせいで途切れ途切れにはなるが、電話口の間宮の声は、至ってのんびりしている。 山の上でも、彼は相変わらずマイペースらしい。 「痛みは取れた?」 「うん。2週間ぐらい引きずって、ずっとサポーターつけてたけど、ようやく外せた」 ———文太が足を怪我したのは、梓のスタジオに行った翌週のこと。 水曜日の昼間、梓に会えるかもしれないという期待を抱いて、西新宿にあるクライミングジム「シトロン」に行った。 しかし、梓の姿は見当たらない。 突っ立っていても目立つばかりなので、見よう見まねでボルダリングの壁に取り付いた。そして、不幸はなんとか初心者向けの課題をクリアしたときに訪れたのだった。 トップのホールドを掴みながら何気なく振り返ったとき——背後に黒髪の男性が立っていたのである。 梓かと思い、動揺するあまり、文太はそのまま落下した。 その際、ボルダリングマットと壁の間にできた小さな隙間に、足を挟んでしまったのだった。 診断結果は、中度の捻挫。 その時の男性が本当に梓だったなら、少しは救われもしたが、あいにく人違いだった。 だからもうずっと、梓には会えていない。 サポーター生活を余儀なくされ、行動に制限があったせいもあるが、この時はどうしようもなく気落ちしていて、前向きになれなかった。 梓のいない日常に馴染むことができないまま、それでも日常は絶えずやってくる。 塞ぎ込んでいる時に山の上から連絡をくれたのが、間宮だった。 連絡不精で、約束もあてにならないような気ままな性格のくせに、なぜかいつも文太が気落ちしているときにかぎって連絡を寄越してくる。 だから、それほど頻繁に会うわけではないのに、彼にはいつも何らかの悩み相談をしていた。 ——梓とのことを話した時は、今までしたどの相談よりも、いちばん驚いていた。
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