22. かっこ悪い言い訳

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間宮の言うように、自分はのんびりしすぎていたのだろうか。 怖気付いている間に、ずいぶんあっさりと奪われた。 いや、奪われるという言い方が正しいだなんて、思ってはいないけど———— 「待て」 自分がどのくらいの速度で歩いているのかすら、文太にはわからなかった。きちんと地に足をつけて歩けているかも—— 梓の声がすぐ間近に聞こえたが、それを振り切るようにして歩き続けた。 「文太!」 ついに手首を掴まれた時、腹を擦りそうなぐらい間近を、苛立った外車が横切っていった。 振り解こうとしたが、手が離れることはなかった。 「もういるんですね。新しい相手」 「違う、あれは」 「違うもなにも、やってたじゃん……」 語尾が震える。 「すごくしつこく迫られて、仕方なく——」 「梓さんでもするんですね、そんなかっこ悪い言い訳」 梓の目が、困惑したように揺らぐ。 彼からそれ以上、言葉が続くことはなかった。 文太はもう一度腕を振ったが、やはり彼の手が離れることはなかった。 「離してください」 もう片方の手をつかって引き剥がそうとしたが、びくともしない。 そもそも、握力で梓に敵うはずがないのだ。 梓は口を閉ざしたまま、傷ついたような表情を浮かべている。 なんで梓がそんな顔をするのだろう。泣きたいのは自分なのに———— 被害者面されたことへの怒りと、悲しみが螺旋状に絡まって、冷静さが失われていく。 離してくれと繰り返すうちに、とうとう涙が溢れてきた。 「文太はもう、俺に会う気がないんだと思ってた」 涙を拭いながら、文太は耳を疑った。 梓がつぶやいた言葉を、今まさに自分も言おうとしていたからだった。 その目は悲しげに曇っていて、まるでめそめそ泣いている自分のほうが加害者のような——そんな錯覚に陥る。 文太はもう、自分の感情がよくわからなくなっていた。
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