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「梓さんがそれ言います?」
「だって、来なかったから」
「この前も来ましたよ。来たけど帰ったんです」
「なんで?」
問われると途端に言葉に詰まって、文太は鼻を啜った。
目の前を自転車が通り抜ける。
俯いていても、好奇の視線が張り付いてきているのがわかって、居たたまれなかった。
「それに、ウェブサイトのメッセージフォームからメールも送りました……」
「きてない」
「送ったよ! 2回も!」
梓はポケットからスマートフォンを取り出すと、首を傾げながら画面をスクロールし出した。
人差し指の動きが止まり、その眉間に皺が寄る。
それからなぜか、ため息を吐かれてしまった。
「件名が『会いたいです』とか、迷惑メールだと思うだろ。一日何件来ると思ってんだよ、こういうやつ」
「え、そんな……」
「文太ですとか、簡単なやつにしてくれればすぐ気づいたのに」
文太はそれを聞いて、全身から力が抜けた。
どうやら、無視されていたわけではないらしい。
ほっとした途端、ふたたび涙が溢れて止まらなくなる。
「俺、無視されてると思って……。前にも勇気出して来てみたら、あの男といちゃついてたし。それに梓さん、なんか知らない人みたいで——俺、ほんとに自信なくなっちゃって」
「仕事の時は外面でいて当たり前だろ。それに、いちゃついてない」
「でもさっき、好きにさせてた……」
自分と梓との間に、契約があるわけではない。
彼の体はあくまで彼のもので、誰に好きにさせるかは、彼が決めることだ。
だから文太は、梓の対人関係においては深く追及しないでおこうと、頭では思っていた。
決して余裕ぶりたいわけではない。
子供じみた独占欲を滲ませでもしたら、彼が遠ざかってしまいそうな——そんな強迫観念からだった。
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