23. はじめてといちばん

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はじめて。 そんなことを言われたら、どうしたって浮かれてしまう。 顔を上げると、額に梓の前髪がぶつかった。 下を向いていたから、彼が至近距離まで詰めてきていることに気づかなかった。 肩を掴まれる。 梓はすでに自分のマグカップをテーブルに置き、両手を自由にしていた。 「私服だと、文太だってすぐにわからなかった」 「梓さん……」 「かっこいいじゃん」 距離がこれ以上縮まらないよう、文太はあえてマグカップを胸の高さで固定した。 唇が触れそうになると、コーヒーに口をつけてごまかす。 文太の意図を察したらしい梓は、いったん体を離すと、テーブルに肘をつきながら、やたらと挑発的にこちらを見つめてきた。 「今日は……したくないです」 文太が言うと、彼は笑いを堪えるように頬を盛り上げて、口角を結んだ。 強がりだとでも思っているらしい。 「へぇ、じゃあなにするの」 「ゆっくり話がしたい」 梓は腕をテーブルに真っ直ぐ伸ばして、上体を預けた。 前髪が横に流れて、形のいい眉が露わになる。 額が剥き出しになっても、表情の変化は読み取れなかった。 「梓さんは……俺のことどう思ってますか」 「どうって」 「俺、梓さんの特別になりたいんです」 梓の眉が、微かに動く。 しかし、それが否定なのか肯定なのかは、判断がつかない。 「ずいぶんせっかちなんだな」 「え?」 「この前は、俺が幸せになりたいと思うまで待つって言ってなかったか?」 「それと、好きか嫌いかは別に考えてください」 「なんだそれ」 文太は唇を噛み締めた。 このままではまた、うまいことあしらわれてしまう。 「俺……須崎さんと同じぐらいの位置には立ててますか?」 言い出す直前で躊躇い、文太は言葉を変えた。 本当は須崎よりも——兄よりも、上にいきたい。 一番でなければ嫌だった。 「誰がどの位置とか、別にないから」 「ずるいですよ」 「どっちがだよ」 分厚いマグカップの縁を噛みながら、日焼けして筋肉のついた梓の腕と、うなじや足首の白さとを見比べた。 梓はそんな文太の視線——瞳の奥に押し込めた欲情をしっかりと感じ取りながらも、素知らぬ顔をしている。
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