2. ヒュッテ霜月へようこそ

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✳︎ ふたたび小屋まで戻ってくると、今度は裏手に回った。 文太はまだ痛む足の小指を浮かせながら、なるべく滑らかな歩行を意識した。 そこには、コンクリートで固められた、まるで駐車場のようなスペースが広がっている。 「ここ、ヘリポートね」 「ヘリポートって、いわゆるヘリコプターのですか?」 「うん。物資をね、ヘリで荷揚げすんの。山小屋で出す食べ物とか、雑貨類とか載せんだよー。下から担いで人力で運ぶこともあるけど」 「人力で!?」 どうやら今度も、期待通りのリアクションを提供できたらしい。楠本はまた肩を上下させて笑った。 「冬の間は無人になるからね。小屋閉めの時に中をある程度空っぽにしておくの。で、夏前の小屋明けの時に掃除して、ヘリで荷物を一気に上げて、小屋に詰め込む」 「なんか……引っ越し業者みたいですね」 「そう、まさにそんな感じ」 楠本はまるでその時の壮絶さを表すかのように、眉間に深く皺を寄せた。 「地獄だよー。ヘリも次から次へとばんばん荷物落としてくから、ヘリポートがいっぱいにならないようにとにかく急いで小屋に搬入するんだけどさ、それがすんごいハードなの。今年の小屋開けはまみやんと岳と俺のはずだったのに、まさかのまみやん不在だし!」 ヘリでの荷揚げ料はそれなりに高額だと聞く。 沢村グループの経営する小屋はヒュッテ霜月のほかにもいくつかあり、運搬費の負担を減らすために、荷揚げはそれらの小屋と同タイミングで行われるらしい。 ヘリは複数の小屋を経由しなくてはならないため、一軒あたりの滞在時間も短いというわけだ。 ほかにも、下の沢にホースを延々とのばして水を引いたり、小屋を補修したりと、とにかく小屋開け作業は忙しいという。 小屋明けから入る予定だったらしい間宮が、怪我をして焦っていた理由が、今ならよくわかった。 「まあでも、今年は助っ人が来てくれて、小屋明けはなんとかなったんだけどね」 楠本は真っ直ぐに腕をのばし、小屋の角を指した。 先ほどは気づかなかったが、端っこに黄色いテントが貼ってある。 入り口には「ヒュッテ霜月」という札が下がっており、宿泊客のものではないことが示されていた。
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