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「ブンちゃん、飲んでる?」
文太の肩に腕を絡めながら、楠本が言った。
もうだいぶ顔が赤い。彼はアルコールが入るとすぐに赤くなる体質らしい。
「飲んでますよ。すでに眠いけど」
山に入って1週間。
早寝早起きの生活にもだいぶ慣れたが、肉体労働が多いせいか、9時をまわると、自然とまぶたが重たくなる。
「は? もう寝る気? ブンちゃんの歓迎会なのに?」
「陽紀さんがコキ使うからじゃないですか。今日、薪何本割ったと思ってるんです?」
「なんでよー。最高の娯楽じゃん。楽しかったっしょ、薪割り」
今日は楠本にコツを教わりながら、ストーブに使う薪を割っていた。
2000メートル近くにある小屋だから、夏場とはいえ、薪ストーブには常に火を入れているのだ。
「まあ、楽しかったですけど……」
日中、斧を握りっぱなしだったせいか、手のひらが痛い。
楠本はにやつきながら、既に封の開いた缶を、文太の缶にぶつけてきた。
どうせまた、隙あらばこき使う気なのだろう。
——歓迎会とはいっても所詮山の上だから、従業員部屋で酒を飲む程度の、ささなかなものだ。しかも消灯後なので、当然、騒がしくするわけにもいかない。
それに、働き始めて1週間以上経過した今では、わざわざ酒を酌み交わさなくとも、親睦はある程度深まっている。
すでに、下の名前で呼び合うくらいまでには。
「ブンは飲み込み早いよな。すでに間宮2人分の仕事してるもん。もう間宮の代わりにずっといれば?」
寝転んでいた奈良が、こちらを向いた。
細身だが、山仕事によって鍛えられた二の腕や引き締まった腹筋が、フリース越しからでもよくわかる。
「学校がなければ、そうしたいんですけどね」
「まみやんに代わりに授業出てもらえば? 単位取れる保証はないけど」
楠本の言葉に、奈良が声を上げて笑った。
それからふたりは、間宮の失敗談を面白おかしく話しては、たびたび腹を抱えて笑っていた。
厨房にネズミが出た時、驚いてひっくり返り、鍋に頭をぶつけたこと。
乾燥室に干してあったお客さんのウェアを自分のものと間違えて着用してしまい、騒動を起こしたこと。
塩と間違えて、砂糖をまぶしたおにぎりを宿泊客に提供したこと。
文太が口を挟まなくても、彼らは勝手に盛り上がり、畳に伏せてひいひい笑っている。
どうやらここでも、間宮の立ち位置はいじられキャラらしい。そして、話題の提供には事欠かないことを知った。
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