1. 雨宿りの先客

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レインウェアのフードを打つ、ぱつぱつという雨滴の音。 背中や脇を伝う生温かいものは、自分の汗だろうか。いや、布地から染み込んできた雨かもしれない。 そもそも、袖を通した時から不安はあったのだ。 生地はよれていて継ぎ目のシームテープは所々剥離し、防水性や透湿性などといった本来の機能は、すっかり剥がれ落ちているように見えた。 やっぱり、いくら節約のためとはいえ、使い古しのレインウェアを持ってくるんじゃなかった——吹き飛ばされそうになるフードを目深く被り直しながら、梶川(かじかわ)文太(ぶんた)は、本日、何度目になるかわからないため息を吐いた。 宇田川(うだがわ)登山口から歩き始めて早4時間が経とうとしているが、登山地図アプリのコースタイムを見る限り、目的地である山小屋、ヒュッテ霜月(しもつき)まではまだ2時間以上もかかるらしい。 「まだまだじゃん……」 ジャケットのポケットに、スマートフォンと弱音じみた独り言をねじ込む。 ふと喉の渇きを覚えたが、バックパックの底に沈めてしまった水筒を取り出すのが億劫で、そのまま歩き出した。 ——歩き始めの林道はまだよかった。 天気は優れなかったものの、花やキノコ、苔むした岩など、意識を向ける先が色々とあったし、木々のおかげで風雨を凌ぐことはできた。 状況が変わったのは、標高が1500メートルを超え、樹林帯を抜けた時だ。待ち伏せしていた強風と雨は、まるで袋叩きにでもするように文太を痛めつけた。 それに加え、足元はこぶし大ぐらいの尖った石が重なり合う、いわゆるガレ場になった。 アッパーの柔らかい安物のトレッキングシューズではなんとも心許なく、浮き石を踏んで足首を挫くたび、ひやりとさせられた。 疲労で足運びが雑になるにつれ、文太は度々瞬きを繰り返して、気を引き締めた。 道中でうっかり怪我をしたら大変だ。 そもそも自分は、怪我をした友人の代理で、こんな山奥までアルバイトに来たのだから———
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