3. 星降る夜に

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✳︎ 首元から下げたヘッドライトを足元に向けて、踏み場所を確認しながら進む。 暗闇に目が慣れてくると、ヘリポートに人影があるのがわかった。 隣にぼんやりと浮かぶ三脚らしきシルエットで、梓だと認識した途端、手のひらがじわじわと汗ばんでくる。 彼は空を見上げながら、時折、カメラの液晶を覗き込んでいる。 どうやら星空を撮っているらしい。 「あの、すみません」 声をかけるが、反応がない。撮影に没頭しているのだろうか。 文太は隣に立ち、先ほどよりも声を張った。 「これ、岳さんから差し入れです」 「そこ置いといて」 梓からようやく放たれた一言は、外気温と同じぐらいの冷たさだった。 せめて人肌ほどの温情が込められていれば、文太も次の言葉が出ただろう。 文太は途端に心細くなり、顔を逸らした。 そして、時間稼ぎとばかりに、梓と同じ方向へと視線を向けた。 星がこんなに明るいと思ったのは初めてかもしれない。 空には星が、その下では麓の街の明かりが、綺麗な光のリボンとなって山の裾野を照らしている。 たしかに、静かに根付く生活の気配に——文太は安心を覚えるのだった。 「あの、怒ってますか?」 思い切って聞くと、梓の動きがぴたりと止まった。 「なにが」 「この前の、如月避難小屋でのこと」 彼はふたたび液晶を覗き込んでから、空を見上げた。 あーあ、雲が出てきた。 大胆に放たれた舌打ちは、星空を覆い始めた雲へと向けられたものなのか、それとも——— 文太は両手をポケットに突っ込んで指同士を擦り合わせた。少しの間、風に晒されただけで、皮膚がかたくなっている。 それはクロックスサンダルの足先も同様で、心細さに追い討ちをかけた。 その場で軽く足踏みをし、いつ踵を返そうか——そう考えていた時、もう喋らないと思っていた梓が、ぽつりと口を開いた。 「俺を騙すなんて、悪趣味な奴だな」 核心をつく一言。 やはり、懸念していた通りだったのだ。 しかし、なぜか先ほどよりも、その口調は穏やかだ。
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