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首元から下げたヘッドライトを足元に向けて、踏み場所を確認しながら進む。
暗闇に目が慣れてくると、ヘリポートに人影があるのがわかった。
隣にぼんやりと浮かぶ三脚らしきシルエットで、梓だと認識した途端、手のひらがじわじわと汗ばんでくる。
彼は空を見上げながら、時折、カメラの液晶を覗き込んでいる。
どうやら星空を撮っているらしい。
「あの、すみません」
声をかけるが、反応がない。撮影に没頭しているのだろうか。
文太は隣に立ち、先ほどよりも声を張った。
「これ、岳さんから差し入れです」
「そこ置いといて」
梓からようやく放たれた一言は、外気温と同じぐらいの冷たさだった。
せめて人肌ほどの温情が込められていれば、文太も次の言葉が出ただろう。
文太は途端に心細くなり、顔を逸らした。
そして、時間稼ぎとばかりに、梓と同じ方向へと視線を向けた。
星がこんなに明るいと思ったのは初めてかもしれない。
空には星が、その下では麓の街の明かりが、綺麗な光のリボンとなって山の裾野を照らしている。
たしかに、静かに根付く生活の気配に——文太は安心を覚えるのだった。
「あの、怒ってますか?」
思い切って聞くと、梓の動きがぴたりと止まった。
「なにが」
「この前の、如月避難小屋でのこと」
彼はふたたび液晶を覗き込んでから、空を見上げた。
あーあ、雲が出てきた。
大胆に放たれた舌打ちは、星空を覆い始めた雲へと向けられたものなのか、それとも———
文太は両手をポケットに突っ込んで指同士を擦り合わせた。少しの間、風に晒されただけで、皮膚がかたくなっている。
それはクロックスサンダルの足先も同様で、心細さに追い討ちをかけた。
その場で軽く足踏みをし、いつ踵を返そうか——そう考えていた時、もう喋らないと思っていた梓が、ぽつりと口を開いた。
「俺を騙すなんて、悪趣味な奴だな」
核心をつく一言。
やはり、懸念していた通りだったのだ。
しかし、なぜか先ほどよりも、その口調は穏やかだ。
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