3. 星降る夜に

11/13

557人が本棚に入れています
本棚に追加
/293ページ
「ところで、なんで文太なの」 しかし彼は、文太の懸念からそっぽを向くように、言葉足らずな質問をしてきた。 「何でって、どういう……」 「名前。未来と文太って、兄弟でずいぶん違うから」 その質問には慣れている。だから、返事はお決まりの定型文だ。 「未来は母親がつけた名前で、俺のは、兄がつけた名前なんです」 「へぇ……」 「俺だけ古臭い名前だなって思ってるでしょ?」 口を尖らせながら問うと、彼は意外そうに、眉をわずかに上げた。 「いや? ただ、俺が子どものころに飼ってた文鳥と同じ名前だなって思って」 文鳥の文太。あまりにも短絡的だが、子どもらしい発想ではある。 「文鳥と同じなんだ……」 それは、文太にとっては何の意図もない、ぽつりと溢しただけの一言だった。 しかし、思ったよりも悲観的な響きになってしまったらしい。 梓は肩を怒らせて、押し殺すように笑ったあと、顔を上げた。 「いいじゃん、文太って名前、俺は好きだよ」 柔らかい声が、全身を撫でる。 この、全身の毛穴が開くような目覚めの感覚は何なのだろうか。 彼が初めて、自分と目を合わせてくれた。兄ではなく、文太として文太を見た。 ただそれだけのことに、なぜこんなにも感動しているのだろうか———— 「文太は普段から山登ってんの?」 「いや、登ってないし、登る気もなかったんです。今回はたまたま友達の代理で2カ月だけ働くことになって。まぁ暇だし、気分転換になるし、いいかなって」 「登山経験がなくていきなりこんなとこにひとりで来たのかよ」 厳密にいうと、登山経験がないわけではない。 子どものころ、兄の生前はよく家族でハイキングをしていたものだ。 しかし、わざわざ補足するほどのことでもないから、あえて口には出さなかった。
/293ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加