4. ゆれる明かり

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文太は、フライパンの丸い輪郭のなかで膨らんでいくたねを見守りながら、凝り固まった首をぐるりと回した。 ホットケーキミックスにドライフルーツとナッツ、それにマーマレードジャムを混ぜたものだ。 マーマレードジャムだけは小屋の食料だが、ホットケーキミックスはテント泊をしていた客から「余ったから」と分けてもらったもので、ドライフルーツとナッツは、文太の私物だ。ここに登ってくるときに持ってきた、手付かずの行動食だった。 余り物の食材を寄せ集めた即席レシピ。 ケーキと呼ぶには仰々しいが、久々に嗅ぐ甘い香りは、1日の疲労をやんわりとほぐしていった。 「えー、なにこれ。すごっ」 いつのまにか背後に立っていた楠本の息が、肩にぶつかる。 「今日、食事当番だったのになにもできなかったんで。せめておやつでもと思って」 食事当番というのは、従業員用の賄いを作る役割のことを指す。 基本的に賄いも宿泊者に出すおかずの残りがメインだが、毎日似たようなメニューで飽きてしまうため、一品新たに追加したり、アレンジを加えたりする。 今日は文太がその当番だったのだが、諸事情により支度ができなかったのだ。 だから、従業員の食事も宿泊者用に出したものと同じメニューで慌ただしく済ませた。 「ブンちゃん、お菓子作りとかできたんだ。意外ー」 「小さい時に母親とよく作ってたんですよ。ホワイトデーのお返しとかで。これがわりと楽しくて……」 言いかけると、肩に乗せられていた顎がふっと離れた。 楠本はなぜか目を細めながら、こちらを睨んでいる。 「はい、さりげなくモテ自慢きたよ」 「違いますよ! 大体は義理だから。人畜無害キャラっていうのかな。女の子の友達は多いけど、逆に意識とかはされないタイプっていうか……」 「ふうん?」 それでも、彼はまだ疑いの眼差しを浮かべている。文太は慌てて手のひらをふり、次の言い訳を考えた。
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