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文太は、フライパンの丸い輪郭のなかで膨らんでいくたねを見守りながら、凝り固まった首をぐるりと回した。
ホットケーキミックスにドライフルーツとナッツ、それにマーマレードジャムを混ぜたものだ。
マーマレードジャムだけは小屋の食料だが、ホットケーキミックスはテント泊をしていた客から「余ったから」と分けてもらったもので、ドライフルーツとナッツは、文太の私物だ。ここに登ってくるときに持ってきた、手付かずの行動食だった。
余り物の食材を寄せ集めた即席レシピ。
ケーキと呼ぶには仰々しいが、久々に嗅ぐ甘い香りは、1日の疲労をやんわりとほぐしていった。
「えー、なにこれ。すごっ」
いつのまにか背後に立っていた楠本の息が、肩にぶつかる。
「今日、食事当番だったのになにもできなかったんで。せめておやつでもと思って」
食事当番というのは、従業員用の賄いを作る役割のことを指す。
基本的に賄いも宿泊者に出すおかずの残りがメインだが、毎日似たようなメニューで飽きてしまうため、一品新たに追加したり、アレンジを加えたりする。
今日は文太がその当番だったのだが、諸事情により支度ができなかったのだ。
だから、従業員の食事も宿泊者用に出したものと同じメニューで慌ただしく済ませた。
「ブンちゃん、お菓子作りとかできたんだ。意外ー」
「小さい時に母親とよく作ってたんですよ。ホワイトデーのお返しとかで。これがわりと楽しくて……」
言いかけると、肩に乗せられていた顎がふっと離れた。
楠本はなぜか目を細めながら、こちらを睨んでいる。
「はい、さりげなくモテ自慢きたよ」
「違いますよ! 大体は義理だから。人畜無害キャラっていうのかな。女の子の友達は多いけど、逆に意識とかはされないタイプっていうか……」
「ふうん?」
それでも、彼はまだ疑いの眼差しを浮かべている。文太は慌てて手のひらをふり、次の言い訳を考えた。
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