4. ゆれる明かり

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✳︎ 甘いものは好きなのだろうか。 ケーキをアルミホイルで包んだとき、ふと気になったが、そのままサンダルを突っ掛けて外に出た。 風は冷たい。鼻から吸った冷たい空気が、粘膜をひりつかせる。 こんな寒さのなか、稜線で一晩停滞していたら、あの男性はいったいどうなっていたのだろう——考えるだけで新たな震えにおそわれた。 さっそくヘリポートを見てみるが、梓の姿はない。 今日はさすがに撮影する気力もないのだろう。テントの中に小さな明かりが点いているのがわかったが、ぼんやりと滲むような光量しかない。 どうやら、ランタンの明かりではなさそうだ。だとするとヘッドライトだろうか。 それにしても妙だと、文太は思った。 ぼんやりとしたかと思えば、小さな強い光が、テントのあちこちを照射し、またふたたびにじんでいく。 あの安定しない、小さな光はなんだろう。 なにかがテントの中で蠢いているような不自然さだ。 「梓さん、いますか?」 テントの外から声をかけてみるが、風にかき消されてしまい、響かない。 前室を覗き込むと室内の入り口は閉められており、中まではわからなかった。 「梓さん?」 不安定な光のなかで、時折、うめくような声が聞こえてくる。 文太はいよいよ不安に駆られた。 もしかしたら梓は、中でなにかの発作でも起こしているのかもしれない。 勢いよく入り口のジッパーを下ろした時には、本当になにも考えていなかった。 自然の中に身を置くことで、色々と浄化されていたのかもしれない。 いわゆる、について。 そして、ゆらめく光の正体を知った時、文太は改めて、いつぞやの楠本の言葉を思い出したのだった。
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