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甘いものは好きなのだろうか。
ケーキをアルミホイルで包んだとき、ふと気になったが、そのままサンダルを突っ掛けて外に出た。
風は冷たい。鼻から吸った冷たい空気が、粘膜をひりつかせる。
こんな寒さのなか、稜線で一晩停滞していたら、あの男性はいったいどうなっていたのだろう——考えるだけで新たな震えにおそわれた。
さっそくヘリポートを見てみるが、梓の姿はない。
今日はさすがに撮影する気力もないのだろう。テントの中に小さな明かりが点いているのがわかったが、ぼんやりと滲むような光量しかない。
どうやら、ランタンの明かりではなさそうだ。だとするとヘッドライトだろうか。
それにしても妙だと、文太は思った。
ぼんやりとしたかと思えば、小さな強い光が、テントのあちこちを照射し、またふたたびにじんでいく。
あの安定しない、小さな光はなんだろう。
なにかがテントの中で蠢いているような不自然さだ。
「梓さん、いますか?」
テントの外から声をかけてみるが、風にかき消されてしまい、響かない。
前室を覗き込むと室内の入り口は閉められており、中まではわからなかった。
「梓さん?」
不安定な光のなかで、時折、うめくような声が聞こえてくる。
文太はいよいよ不安に駆られた。
もしかしたら梓は、中でなにかの発作でも起こしているのかもしれない。
勢いよく入り口のジッパーを下ろした時には、本当になにも考えていなかった。
自然の中に身を置くことで、色々と浄化されていたのかもしれない。
いわゆる、その可能性について。
そして、ゆらめく光の正体を知った時、文太は改めて、いつぞやの楠本の言葉を思い出したのだった。
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