4. ゆれる明かり

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「わっ! ごめんなさい!」 咄嗟に発したが、奈良は顔を強張らせたまま、こちらを睨んでいる。 文太は冷たい地面に尻餅をついたまま、呪縛をかけられたかのように動けなくなった。 「いつからいたんだよ」 「いえ、あの……たった今——」 文太はふたりから目を逸らし、足元に散らばった鍋の蓋を見つめた。 奈良も今は、文太と目を合わせたくないだろう。 「みんなには黙ってろよ」 彼はバツが悪そうに言うと、文太の脇をすり抜けて出て行ってしまった。 明日からどうしよう。気まずい。 奈良の背中を見て巡るのは、そんなことばかりだ。 「……悪趣味」 とりあえず散らばったカトラリーを拾って元の位置に戻していると、今度は梓の声がぶつかってきた。 彼は入り口から顔の右半分を覗かせていた。 動揺は見られない。 逆に動揺してしまったのは文太で、カップに立てかけた箸やフォークを、またもや倒してしまった。 「な、なにがですか?」 「兄貴のなりすましといい、今の覗きといい……」 「覗いてないです! っていうか、あんなんしてるなんて思わないでしょ、普通!」 振り返ると、彼の着衣がまだ乱れているのに目が留まった。 その途端、言葉は勢いを失い、視線が泳ぐ。 目のやりどころに困ってふたたび俯くと、梓は服の裾を伸ばして、露出していた脇腹を隠した。 「ノックぐらいしろよ、エッチ」 揶揄うように言われて、文太はふたたび顔を上げた。 エッチなのはどっちだ。 「ノックってどうやるんですか! テント、全部布だけど。叩いても落としませんけど!? どこをノックするんすか!?」 早口でまくしたてると、梓は短く声を上げて笑った。 普段はつるりとした、一枚岩のような表情の所々に、皺が寄る。 笑うと、彼は途端に幼く見えた。
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