6. 帰らざる客

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✳︎ 朝食の提供が終わると、ひとまずのピークは過ぎる。 受付では今、岳と奈良が最後の宿泊者を送り出しているから、それらが終わったら従業員の食事が始まる。 楠本と文太は厨房に残り、後片付けと賄いの準備をしていた。 今日の食事当番は楠本だ。 フライパンを揺する音と匂いで、おかずはウインナーのケチャップ炒めだと察した。 彼曰く、スタッフから文句が出ないかつ簡単な品といえば、これ一択らしい。 だから楠本が食事当番の場合、ウインナーのケチャップ炒めが高頻度で出てくるのだった。 文太はテーブルを拭き終わると、汚れたダスターを持ってキッチンに回った。ジャケットを脱ぎ、長袖をまくってゴム手袋をつけると、朝の最後の大仕事である皿洗いに取りかかる。 「いやー、昨日は久々にえぐかったね」 フライパンから皿へと、ウインナーを滑らせながら楠本が言った。 「俺も焦りました。小屋にぎゅうぎゅうに人が入ってんの、働き始めてから初めてだったんで」 山小屋は原則予約制だが、山という特殊条件なこともあり、予約をしていない客でも基本はすべて受け入れている。 昨日はその予約なしの客が殺到してしまい、収容人数を超えてしまった。 いつもは2回制の食事を3回制に増やしたし、寝床が足りなくなって、廊下にまで布団が並んだぐらいだ。 予想外の客入りにてんやわんやしていて、文太たち従業員は、チェックインから消灯までの時間、ほとんど座ることすらできなかった。 「ブンちゃんもよく頑張ったよ。今年は特に、小屋明けして天気悪い日が続いてたしね。客入りが悪くて岳も気ぃ揉んでたから、まあよかったよね」 ただでさえ東アルプスの過疎地だの、秘境だのと悪口をいわれているヒュッテ霜月だから、週末の悪天候は死活問題だ。 ヘリの荷揚げや人件費でコストがかさむのに、客足が伸びなければ、小屋の経営そのものが逼迫してしまう。 楠本はフライパンについた汚れをペーパーで拭き取りながら、ふとなにかを思い出したらしく、肩を震わせ始めた。
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