6. 帰らざる客

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「でも、そのふたりが揉めに揉めて、岳ひとりじゃ収拾つかなくなっちゃったらしい。最終的には晋太郎さんまで出てきちゃって、当然ながら激怒して——そのふたりを追放しちゃったわけ。で、その後釜が俺。しばらくして入ってきたのが琉弥だったかな」 「梓さんは、出禁になんなかったんですか?」 「いや、一度は自分から辞めたらしいんだよ。でも次の年からまたちょいちょい手伝いには来るようになって。岳が梓さんに頼ってたとこがあったみたいだし、岳が継ぐ前から、小屋のことをいろいろ助けてたみたいだしね。晋太郎さんも梓さんのことめちゃくちゃ可愛がってるから」 晋太郎とは岳の父親で、ヒュッテ霜月グループの社長だ。 今は高齢になり、数年前に大病をしたこともあって小屋(現場)に入ることはなくなったが、麓の事務所には毎日出勤しているらしい。 現支配人である岳が小屋を仕切るようになったのは、実はごく数年前のことで、彼は跡取りにも関わらず、それまで山とはほぼ無縁の生活を送ってきたようだ。 なんでも、進学を機に上京し、晋太郎が病で倒れるまでは都内でサラリーマン生活をしていたという。 だから、奈良や楠本などから漂う山のにおいが、彼からはしないのかもしれない。 文太はふたたびゴム手袋をはめて、たらいに溜めた水に、皿を浸していった。
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