6. 帰らざる客

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「陽紀さんから見て、梓さんってどうですか」 「どうって、別に……」 「綺麗って言ってたじゃないですか」 楠本は隣に並ぶと、たらいから皿を抜き取り、布巾で水滴を拭き取っていった。 手を止めて反応を伺っていると、彼から肘を小突かれて作業を催促された。 「そりゃまあ、引っかかったらやばそうだなって、警戒してはいるよ」 「警戒ですか?」 「だって綺麗じゃん。顔のつくりがどうこうっていうよりも雰囲気があるよね。体でかいし、筋肉もあるんだけど、どこか儚げというか。なんか不思議な感じなんだよな」 「あ、なんとなくわかります。儚さと筋肉量って関係ないんだなって、俺も梓さんに会って思いました」 なんだよそれー! 楠本は笑いながら素早く手を動かし、皿を次々と重ねていった。 「まあでも、幸い俺はお声がかからないからな」 「お声?」 「梓さんに気に入られると、テントに誘われるらしいよ。コーヒー飲んでけばって。そんで、テント入ったら終わり。一瞬で食われるって」 文太はスポンジを滑らせていた皿を落としてしまった。 幸いにも、それらはたらいの水の中に沈んだだけで、割れもせず、派手な音も立たなかった。 こちらがノロノロと皿を洗っている間に、楠本はすべて拭き終えてしまったらしい。シンクに両手をつきながら、文太の微かな動揺を観察し、にやついている。 「俺、テント誘われました」 「知ってるよ。歓迎会の時に梓さんとこ行ったまま、しばらく帰ってこなかったじゃん」 彼の目が、好奇できらきらと光る。明らかに下世話な暴露を期待しているようだった。 どうやら彼は、文太と梓にすでに肉体関係があるのではと疑っているらしい。 「ナニしてたの、テントで」 「コーヒーをご馳走になりました」 しばらくの間をあけて、楠本は眉を顰めた。 「で?」 「でって、それだけです。少し話はしましたけど」 楠本は布巾を作業台に放ると、つまらなさそうにため息を吐いた。 「つまんない。テントの中で別のテント張ってました、ぐらい言えないのかよー」 ——絶対言うと思った。そして彼はたぶん、それが言いたかっただけだろう。
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