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それから文太は、おにぎりと簡単なおかずを詰めた弁当を3つ用意して、差し入れた。
梓と奥さん、そしてもうひとつは——未だ帰らないハラダの分だ。
梓にそれを渡す際、テントの隙間からわずかに彼女の姿が見えた。
背中を丸めて震え、肩で大きく呼吸をする——絶望と希望の抑揚。
兄の捜索を待つ母の姿と重なり、息苦しさを覚える。
梓は大丈夫なのだろうか。
テントを去る時、彼のことが気がかりになった。
——それから数時間後、ヘリコプターの音と共にふたたび外が騒がしくなり、救助が来たことを察した。
様子を探ろうにも、文太は急遽、厨房に配置され、そこに押し込まれたままだったから、それは叶わなかった。
おそらくこれも、梓と岳なりの配慮に違いない。
仮に受付にいて、続報を目の当たりにしていたら——それこそ強いショックを受けていただろう。
文太に事実が知らされたのは、その晩の夕食時だった。
結局、ハラダは助からなかった。
ヘリで遺体が回収されると、夫の元に早く帰りたいというハラダ妻の希望を尊重し、彼女は救助隊員に付き添われる形で下山したらしい。
その際、文太の作った亡き夫の分の弁当を「下で食べさせてやりたいから」と、大切に持って帰ったという。
それを聞いた瞬間、文太は堪えきれずに泣いてしまい、食事は一時中断となった。
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