6. 帰らざる客

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✳︎ それから文太は、おにぎりと簡単なおかずを詰めた弁当を3つ用意して、差し入れた。 梓と奥さん、そしてもうひとつは——未だ帰らないハラダの分だ。 梓にそれを渡す際、テントの隙間からわずかに彼女の姿が見えた。 背中を丸めて震え、肩で大きく呼吸をする——絶望と希望の抑揚。 兄の捜索を待つ母の姿と重なり、息苦しさを覚える。 梓は大丈夫なのだろうか。 テントを去る時、彼のことが気がかりになった。 ——それから数時間後、ヘリコプターの音と共にふたたび外が騒がしくなり、救助が来たことを察した。 様子を探ろうにも、文太は急遽、厨房に配置され、そこに押し込まれたままだったから、それは叶わなかった。 おそらくこれも、梓と岳なりの配慮に違いない。 仮に受付にいて、続報を目の当たりにしていたら——それこそ強いショックを受けていただろう。 文太に事実が知らされたのは、その晩の夕食時だった。 結局、ハラダは助からなかった。 ヘリで遺体が回収されると、夫の元に早く帰りたいというハラダ妻の希望を尊重し、彼女は救助隊員に付き添われる形で下山したらしい。 その際、文太の作った亡き夫の分の弁当を「下で食べさせてやりたいから」と、大切に持って帰ったという。 それを聞いた瞬間、文太は堪えきれずに泣いてしまい、食事は一時中断となった。
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