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「文太、大丈夫?」
目の焦点がぼやけたまま、縁があいまいになったカップを見つめていると、やがて梓が発した。
途端、カップの縁は鮮明になった。
「すみません。ボーっとしてました」
梓は、それについて追及してこなかった。ただ鼻を鳴らしてコーヒーを啜ると、まだ微かに湯気の立つ小鍋をシュラフマットの上に置いた。
それから、じっと見つめてくる。
それを意識した途端、首から上に血液が巡るのを感じて、文太は視線を泳がせた。
「なんか、そうやって白いダウンきて丸まってると、冬の雷鳥みたいだな」
「……雷鳥って、白いっけ? 茶とか黒っぽい印象なんですけど」
「見たことあんだ?」
「えっと、はい。お菓子の箱で……」
雷鳥、すなわちニホンライチョウとは高山に棲息する鳥だ。
岩場やハイマツ帯などで見かける生き物らしいのだが、標高2000m超えの山に来たのは初めてなので、まだ生で見たことはない。
だから、馴染みがあるのは、銘菓としてよく売られているウエハース菓子の箱にデザインされたアレだけだった。
「冬に、換羽して真っ白になるんだよ。菓子の箱に描いてあるのは、春か夏のやつだな」
雷鳥は一年のうちに換毛を3回するらしい。
春頃には黒っぽい羽が、夏になると茶色くなり、冬には雪の到来に合わせるようにして真っ白な羽にかわる。
梓はダウンジャケットのポケットからスマートフォンを取り出すと電源を入れ、画面を見せてきた。
そこには雪原とすっかり同化した、真っ白な雷鳥が収まっていた。
首を縮め、体を膨らましている姿は、雪だるまのようにまん丸だ。
「可愛いだろ」
画面を見つめながら表情を綻ばせていると、梓が言った。
スマートフォンを返すと、彼もまた画面を見て、目尻を下げる。
「お前にそっくり」
先ほどの「可愛い」から間を置かずに言うものだから、動揺してしまう。
誤魔化すつもりでコーヒーを一気飲みしたが、いざ飲み干してしまうといよいよやることもなくなった。
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