1. 雨宿りの先客

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✳︎ やはり、もう少し早く出るべきだった。 遠くで雷鳴らしきものが轟き始めると、チャコールグレーの雨雲に押されるようにして、後悔が心を埋め尽くした。 本来ならば避けられたかもしれない悪天候にぶち当たってしまった原因のすべては、自分にある。 ——昨日、東京から普通電車を乗り継いで県内まで出てくると、麓の安宿に前泊した。そこまでは予定通りだ。 しかし、長旅の疲れのせいか翌日寝過ごしてしまい、始発の登山バスに乗れなかったのがまずかった。 結局、登山口に到着したのは、当初の予定から2時間も遅れてからのこと。 もちろん、午後から天気が崩れることは事前に把握していた。だから始発に乗り、昼過ぎに到着する計画を立てていたのだった。 しかし、翌朝にまた出直すという選択肢は、文太にはなかった。 小屋側には今日到着する旨を連絡済みだし「まぁ多少降られてもしかたない、なんとかなるか」という軽い気持ちだったことは否めない。 しかし、歩を進めるごとに後悔の念は強くなり、やっと稜線に出た頃には、風雨はますます厳しくなっていて、文太の気力を削いだ。 晴れていればさぞかし展望がよかろう一帯は濃霧の毛布に包まれ、四方八方から吹き込む雨は冷たく、まるで針責めにでも遭っているようだ。 この稜線から南に歩けば、目的地のヒュッテ霜月には1時間ほどでたどり着けるはずだが、雷の鳴る中、山を歩き回ることがいかに危険かぐらいは、素人の文太にもわかる。 だから、目の前にうっすらとした建物のシルエットが見えた時は、もう藁にもすがる思いだった。
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