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やがて、梓は追憶の旅からゆっくり戻ってきた。
そしてふと、文太の存在を思い出したのか、こちらを向くと——左の手のひらを差し出してくる。
意図がわからず、文太は差し出された梓の手を握った。
「なに」
「なにって、差し出されたから握りました」
次の瞬間、笑い声が響いて、文太は間違いに気づいた。
そして、猛烈に恥ずかしくなる。
「クッキーちょうだいって意味なんだけど」
そして今、足元に置かれたままになっていた包みの存在を思い出した。
「なんだよ! 一言いえばいいじゃないですか。もうほんと恥ずかしい……」
振り解こうとすると、力を込められた。
「梓さん、クッキー……」
梓はその手を繋いだまま、口を大きく開けた。
意図を読み間違えていないからしばらく観察してみるが、今度は大丈夫そうだ。
文太は片手で包みを開けると、そのひとつを彼の口に放ってやった。
「うま」
そしてまた、無垢に笑いながら、繋いだ手をいたずらに振る。
羞恥はまだ拭い切れないが、彼が笑って、文太自身を捉えていてくれることが嬉しかった。
——これを無意識にやっているんだとしたら、本当にタチが悪い。
ため息をつきながらも、また新たなおやつのレシピを検索してみようと思った。
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