8. 第二の男

1/8
前へ
/293ページ
次へ

8. 第二の男

全身を殴られているような、すさまじい強風だった。 風に加え、あたり一面を舞う砂埃が視界を阻む。 姿勢を保つのに苦慮し、よろめくたび、バックパックの中をジャガイモが転がるのがわかった。 もう少しきちんとパッキングすればよかった——そのたび、文太は後悔に苛まれるのだった。 如月避難小屋を通過してから、すでに30分弱は歩いているだろうか。 ヒュッテ霜月から南方の稜線は急峻であるのに対し、北方へと続く道に危険箇所はない。足の踏み場もしっかりしており、道幅も充分だ。 しかし、起伏が激しく、登り下りが続くので、大荷物を背負って歩くにはなかなかにしんどいコースだった。 特に、如月避難小屋から目的地である神無月小屋までの急坂は、噂には聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると音を上げそうになった。 50リットルのバックパックには、キャベツやにんじん、じゃがいもといった根菜類がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。 足を踏み出すごとに、心拍が速くなるのを感じた。 「大丈夫?」 背後から声をかけられた時、文太は頷きながら、立ち止まって息を整えた。 急登が続いているのに、梓の呼吸はちっとも乱れていない。 彼も調味料など重量のあるものやカメラ機材を背負っているが、歩くペースをこちらに合わせているからか、涼しい顔をしていた。 「ここ登ったらすぐ神無月小屋だから」 「ほんとに? さっきもそれ言ってましたよね」 すぐだすぐだと言われ続けているが、その表現が適切ではないぐらいの距離を、すでに歩いている。 「荷物、少しこっちに入れろよ」 「いや、いいです。梓さんも重いでしょ」 「俺はまだ平気だから」 情けをかけられると意地になって、文太は勢いよく踏み出した。 「大丈夫です。俺、梓さんより若いんで!」 「はいはい」 背後で、梓が呆れたように笑った。
/293ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加