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8. 第二の男
全身を殴られているような、すさまじい強風だった。
風に加え、あたり一面を舞う砂埃が視界を阻む。
姿勢を保つのに苦慮し、よろめくたび、バックパックの中をジャガイモが転がるのがわかった。
もう少しきちんとパッキングすればよかった——そのたび、文太は後悔に苛まれるのだった。
如月避難小屋を通過してから、すでに30分弱は歩いているだろうか。
ヒュッテ霜月から南方の稜線は急峻であるのに対し、北方へと続く道に危険箇所はない。足の踏み場もしっかりしており、道幅も充分だ。
しかし、起伏が激しく、登り下りが続くので、大荷物を背負って歩くにはなかなかにしんどいコースだった。
特に、如月避難小屋から目的地である神無月小屋までの急坂は、噂には聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると音を上げそうになった。
50リットルのバックパックには、キャベツやにんじん、じゃがいもといった根菜類がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
足を踏み出すごとに、心拍が速くなるのを感じた。
「大丈夫?」
背後から声をかけられた時、文太は頷きながら、立ち止まって息を整えた。
急登が続いているのに、梓の呼吸はちっとも乱れていない。
彼も調味料など重量のあるものやカメラ機材を背負っているが、歩くペースをこちらに合わせているからか、涼しい顔をしていた。
「ここ登ったらすぐ神無月小屋だから」
「ほんとに? さっきもそれ言ってましたよね」
すぐだすぐだと言われ続けているが、その表現が適切ではないぐらいの距離を、すでに歩いている。
「荷物、少しこっちに入れろよ」
「いや、いいです。梓さんも重いでしょ」
「俺はまだ平気だから」
情けをかけられると意地になって、文太は勢いよく踏み出した。
「大丈夫です。俺、梓さんより若いんで!」
「はいはい」
背後で、梓が呆れたように笑った。
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