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岳から「神無月小屋まで使いに行ってくれ」と言われたのは、今朝の朝食後、ミーティング時でのことだった。
なんでも、今年は高山植物の当たり年らしく、花の名山である蜜ヶ岳に訪れる人が多いらしい。
さらに好天も重なり、最寄りの小屋である神無月小屋には予想外の宿泊者が詰めかけたらしく、食材やら燃料やらが足りなくなってしまったのだという。
小屋への物資は月2回ほど、各系列小屋にヘリで運ばれてくるが、それまではまだ日がある。
次のタイミングまでの場繋ぎで、急遽、ヒュッテ霜月の物資を分けてあげることにしたそうだ。
そこで、まだ神無月小屋に行ったことのない文太が、挨拶がてら、歩荷係に任命されたのである。
——ヒュッテ霜月と神無月小屋は、沢村グループの系列小屋のなかでも近距離に位置するため、協力体制を取ることが多い。
神無月小屋の支配人である須崎匠という男は登山の知識や技術に長けており、前回の遭難救助をはじめ、まだ山での経験値が少ない岳をなにかと助けているらしい。
また、今回のように、万年人手不足の神無月小屋をこちら側がサポートすることもある。
山小屋というものは、あちこちで派閥があるというが、沢村グループに至っては、支配人同士がいい関係性を築いているようだ。
——しかし、今日の歩荷に梓が同行することになったのは予想外だった。
彼が背後にいると思うと、情けない姿ばかりを見せてはいられないと、自然と歩行ペースが速まる。
しかし、梓はそれを見抜いているらしく、背後からたびたび
「ゆっくりでいいから」
と声をかけてきた。
言われると踏み込む足についた力が入ってしまい、そのたびに笑われるという悪循環に見舞われるのだった。
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