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なんか嫌な感じだな。
それが、神無月小屋の支配人である須崎匠に抱いた第一印象だった。
文太よりもやや小柄だが、よく日に焼けていて、腕にはやはり、自信の塊かのような筋肉がまとわりついていた。
それは腕に限らず、前腿やふくらはぎも同様で、薄手のトレッキングパンツ越しからでもよくわかった。
「わざわざご苦労様」
彼は一応、労いのような言葉をかけながらも、視線では文太の白さや細長いだけの手足を嘲弄していた。
「今年は蓮の代理で来たんだって?」
視線に気を取られるあまり、一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
「あ、はい。友達で……」
「相変わらず間が悪いよなー、レンコンは。またこっちでもコキ使ってやろうと思ったのに」
ヒュッテ霜月のスタッフは皆、間宮のことを名字で呼んでいる。
唯一、親しげな楠本だけはまみやんと呼ぶが、下の名で呼ぶ者は誰もいない。
違う小屋の人間なのに唯一の名前呼びなのは、よほど間宮と親しいか、この男が単に馴れ馴れしい性分なのか、そのどちらかなのだろう。
まあ後者の場合でも、自分には適用されないようだが————
「アズ、軟弱になったんじゃねーの」
梓は食堂のテーブルに肘をついて窓の外を見ていたが、須崎に話しかけられるとこちらを向いた。
「なにが」
「せっかく岳にひとりで運べるぐらいの量を伝えてやったのにさー。2人で来るならもっと頼めばよかった」
「2人で来たのは岳の指示だよ」
「相変わらず空気読めねーなー、あのメガネ君は」
須崎は文太に背を向け、梓に向かい合う形で座った。
文太は、もはやすでにこの状況を持て余していたが、とりあえず手前のテーブルの椅子を引き、腰掛けた。
須崎は椅子をガタガタ揺らしながら、前のめりになったり、背もたれに寄りかかったりと落ち着かない。
椅子の脚が床に擦れる音が、なんとも不愉快だった。
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