8. 第二の男

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それからしばらくの間、文太はふたりの雑談をぼんやりと拾いながら、まるで空気と同化するように座っていた。 そしてふたりの話題が、最近の客入り状況から先日の遭難事故に移った時——従業員のひとりが厨房からカレーライスを運んできた。 「こちら、どうぞ」 皿が、文太の前に置かれる。 カレー皿を置くごとりという音で、須崎が思い出したように振り返った。 「あー、今日は歩荷ありがとね。なんもないけど、お昼ぐらい食べてって」 それに対して、文太は「はい」と言うだけで精一杯だった。 事前に須崎が手配してくれたものに違いなかったし、これが彼なりのお礼だということもわかっていた。 しかし、彼の言葉には抑揚がなく、やたらと形式ばっていた。 こんな計らいよりも、心からの感謝の言葉のほうが、よっぽど空きっ腹に溜まるのに——腿の上で拳を握りしめながら、怒りが込み上げてきた。 「ちょっとアズと話あるから、従業員部屋にいる」 須崎は一言、従業員に向けて放つと、席を立った。 「カレー、部屋まで運びましょうか?」 「いらない。込み入った話だから来なくていい」 スタッフの配慮をにべもなく突っぱねると、須崎は部屋の奥へと消えてしまう。 文太は途端に心細くなり、頭をかきながら気怠げに立ち上がる梓を見た。 「文太、先に帰っててもいいよ」 文太は咄嗟に、首を左右に振った。 不安が顔に出てしまったのだろう。 梓は口角を上げると、なだめるような視線を寄越してきた。 「……じゃあ待ってろ。すぐ戻るから」 「はい」 なにか雑用でもさせられるのだろうか。 もたついた彼の足取りを見て、文太はなんとなく思うのだった。
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