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ふたりがいなくなると、文太はスプーンを手に取り、カレーをすくった。
肩甲骨にあたる角張った木の感触で、凝り固まった体をほぐしていると、徐々に釈然としない思いが浮かび上がってきた。
何なんだ、あの須崎という男は。
いくら立場が上だからとはいえ、物資をわざわざ運んできてやった人間に対して、ずいぶんな態度じゃないか。
大体、彼はこちらの名前すら聞いてこなかった。
所詮、間宮の代理だから覚える必要などないということだろうか。
だとしたら、あれだ。
そもそも、人を雇う立場にある人間において最も重要なことが、あの男には欠けているんじゃないか。
無視され、置き去りにされて——文太のなかに満ちてくるのは、もはや嫌悪感だけだ。
厨房にいた若い男性スタッフがこちらを労ってくれたのが、まだ救いだった。
文太はカレーライスを頬張りながら、ヒュッテ霜月で働くことになった経緯などを男性に話した。
店内に客がいないのをいいことに、そのまま梓が戻ってくるのを待ったが——待てども待てども、その気配はない。
「あのふたり、なんの話してるんですかね」
痺れを切らして聞くと、男性は眉を下げながら、困ったように笑う。その笑みには、すべての悟りが凝縮されていて、文太からのこれ以上の追求を封じ込めてしまう威力があった。
——嫌な予感がする。
「ごちそうさまでした。俺、ちょっとその辺を散歩してきます」
文太は席を立つと、皿を下げて礼を言い、食堂から出た。
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