8. 第二の男

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✳︎ 天気はいいが風は冷たく、まるで文太を揶揄うように全身を撫でつけていく。 着ているシェルジャケットがはためく、しゃりしゃりとした音が、風と混ざりながら騒々しく響いた。 文太はその場で足踏みをして雲の流れをしばしの間見つめながら、逡巡する。 さすがに、悪趣味だろうか。 本当に重要な話をしているのかもしれない。 それにもしも——こちらが今、懸念している通りのことが起きていたとして、それで一体、なにができるというのだろう。 どうせ消化不良ななにかが堆積するだけだ。 でも、知らないままでいたってどうせ、それらは薄く積もっていく。 積もり方、その斤量が異なるだけで、どっちみち、いずれは文太のなかを埋め尽くすに違いない。 文太は砂利を蹴って、正面玄関に回った。 大体の間取りはヒュッテ霜月と同じなので、すぐに見当がつく。 室内に入り、客室の奥へと進むと、従業員部屋らしき場所に突き当たった。 ——扉は襖だった。奥からはなにか話し声らしきものが聞こえるが、明確にはわからない。 文太は襖の、一般的に開けるほうとは反対側を薄く開いた。 手前にはちょうどスチールラックがあり、その格子の隙間から様子を盗み見ることができた。 ふたりは肩のぶつかる程度の距離の近さではあるが、本当に話をしているようだ。 地形図を広げて指差しながら、梓が「次はここらへんかな」などと言っている。どこかの山に行く計画でも立てているのだろう。 対し、須崎はそれに返事をしながらも、どこか上の空で、マップではなく、マップを見ている梓を見つめている。 梓も彼の露骨な視線に気づいているらしく、時折、気まずそうに咳払いをした。 須崎の相槌は徐々に適当なものになり、やがて彼ははたまらないとばかりに梓の肩に顎を乗せて、身を擦り寄せた。
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