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「早くすませろよ」
梓の、くぐもったような声。今の甘えた口調に絆されたのだろうか——
それから、唇を啄む音が脈拍ぐらいのリズムで響き、次第に息が混じっていく。
「処理みたいに言われると、傷つくんだけど」
そう発した須崎の声は、興奮で上擦っていた。
「ん……っ」
押し倒されている梓の姿は完全に隠れてしまい、慌ただしくフリースジャケットを脱ぎ捨てた須崎の、筋肉のついた背中だけが見える。
須崎はTシャツ一枚になると、ひとつ大きな呼吸をして、それから上半身を前に倒した。
もはや2人の姿は見えなくなり、時折、上下する須崎の頭がラックの隙間から見え隠れするのみとなった。
「あっ、あぁ……」
なにをしているんだろう。
啄むような音と湿っぽい音、はっはと混ざり合う呼吸の生温かさが、ふたりの間から上がってくる。
時折聞こえる甘い声は、梓のものとは思えなかった。
「あ……」
やがてふたたび体を起こした須崎が、梓の足を抱えあげた。
梓の膝頭は、想像していたよりもだいぶ白い。
「やめろ」
梓の、意思をもった声。
須崎はなんとかやり過ごそうと、梓の足を撫でながら反応を伺っている。
「アズん中、はいりたい」
「山にいる時は、いれない約束だろ」
「じゃあ、今年は下でも会ってくれんの?」
須崎は続きを待っていたようだが、梓がだんまりを決め込んでいると、抱えていた脚を下ろした。
「アズさ、いつ山下りんの」
「まだ決めてない」
「俺の休みに合わせて一緒に下山しよ」
な? 約束な。
梓がまだ答えないうちに念押しをすると、前後に腰を揺すり始めた。
「んっ、あ……っ!」
梓は否定も肯定もしないまま、ふたたび小さな叫びをあげ始めた。
須崎が動くたび、肌のぶつかる音が響き、湿った空気が充満していく。
「はぁ、あ、あっ」
ふたりは今、なにをしているんだろう。
上半身の動きだけだと、先ほどの須崎の要望を、梓が受け入れたかのように見える。
「ん、ふ……っ」
「アズ—————」
須崎に組み敷かれ、揺さぶれながら高い声を出す梓。
血がふつふつと巡り、不快感が身体中を這う。
「あ、いく……っ」
文太は扉をそっと閉めた。
それから、下半身に集まるいやな熱をどうにかして逃そうと外に出る。
日差しの強さと風の冷たさ、その両方を受け止めながら、ガレ場をゆっくりと歩く。
怒りなのか、それとも興奮なのか。
言い表せない、でもたしかに脈打つなにかの正体が——文太にはまだわからなかった。
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