556人が本棚に入れています
本棚に追加
/293ページ
———如月避難小屋。
中は無人であり、基本的には周辺の小屋が営業終了をする冬の間だけ、登山者用に開放されている施設らしい。
有人小屋が営業している夏——すなわち現在は閉鎖されているはずで、入り口に何重にもチェーンが巻かれているのが、遠目からでもわかった。
それでも、軒先で風雨を凌ぐことができれば不安はいくらか和らぐだろう。文太は小走りで建物に駆け寄った。
軒下に入り、レインウェアの水滴を指で払いながら、ドア横にかかっている札に目をやると、そこにはやはり「夏期閉鎖中」と書いてあった。
「あれ?」
萎んでいた期待がふたたび膨らんだのは、なにげなくドアノブに視線を落とした時だった。
巻かれたチェーンはたるみ、南京錠が外された状態になっている。
静かに引いてみると、木の軋む音と独特のにおいが、細い隙間から流れ出てきた。
よかった、助かった————
安堵とともに、節々の痛みや荷物の重みが押し寄せてきて、文太はドアノブに体重を預けたままため息をついた。
これは不法侵入ではなく、避難だ。
避雷針ぐらいは立っているだろうし、雷が遠ざかるまで使わせてもらったところで、罰は当たらないだろう。
「おじゃまします……」
それでも一応小声で言ってから、足を踏み入れた。
最初のコメントを投稿しよう!