1. 雨宿りの先客

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———如月(きさらぎ)避難小屋。 中は無人であり、基本的には周辺の小屋が営業終了をする冬の間だけ、登山者用に開放されている施設らしい。 有人小屋が営業している夏——すなわち現在は閉鎖されているはずで、入り口に何重にもチェーンが巻かれているのが、遠目からでもわかった。 それでも、軒先で風雨を凌ぐことができれば不安はいくらか和らぐだろう。文太は小走りで建物に駆け寄った。 軒下に入り、レインウェアの水滴を指で払いながら、ドア横にかかっている札に目をやると、そこにはやはり「夏期閉鎖中」と書いてあった。 「あれ?」 萎んでいた期待がふたたび膨らんだのは、なにげなくドアノブに視線を落とした時だった。 巻かれたチェーンはたるみ、南京錠が外された状態になっている。 静かに引いてみると、木の軋む音と独特のにおいが、細い隙間から流れ出てきた。 よかった、助かった———— 安堵とともに、節々の痛みや荷物の重みが押し寄せてきて、文太はドアノブに体重を預けたままため息をついた。 これは不法侵入ではなく、避難だ。 避雷針ぐらいは立っているだろうし、雷が遠ざかるまで使わせてもらったところで、罰は当たらないだろう。 「おじゃまします……」 それでも一応小声で言ってから、足を踏み入れた。
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