9. 寄り道

2/6

556人が本棚に入れています
本棚に追加
/293ページ
稜線の風に吹きさらされ、どろついた意味不明な感情がようやく冷え固まったころ、梓たちが戻ってきた。 もともと感情を表に出すタイプではないにせよ、梓には少しの動揺も見られない。 待たせたことを詫びた時でさえも、視線は揺らがなかった。 一方、須崎はというと、輪をかけて不機嫌だった。文太が挨拶をしても、ろくに返事さえしてもらえない。 一体、何だというのか。 しかし、こちらに向けられているのが敵意だとわかった今、先ほど食堂で渦巻いていたような不快感はもうわいてこなかった。 梓は須崎に簡単な挨拶を済ませると、先に歩き出した。 ——帰り道に交わした言葉は少なかった。 今はまだ、積極的に話題を振る気にもなれない。 梓は口数が多くないので、文太が沈黙すると、途端に会話らしい会話はなくなり、無意識に歩くペースが速くなった。 速くない? 大丈夫? 彼の気遣いに対し、愛想を振りまくことすらできなかった。 歩き始めてわずか15分、最初の分岐まで来た時、ついに梓が立ち止まった。 休憩するにはまだ早いから、なにか用があるのだろう。 文太が俯いたまま隣に並ぶと、彼のつま先がこちらに向いた。 「さっきの、匠の態度が引っかかってんなら、気にすることない」 「……え?」 「あいつ、ちょっと癖あるけど、悪気はないから」 いやいやいや、悪気しか感じなかったのだが。 喉元まで出かかった言葉をどうにか飲み下し、文太は首を横に振った。 「別に、気にしてないです」 「気にしてんじゃん」 「してない!」 文太が声を張ると、梓はやや驚いたように目を見開いた。 ふと気まずくなり、つま先に視線を戻す。 先ほどから文太を沈黙させている原因は、須崎の態度によるものではなかった。むしろ———— 文太が黙ったままでいると、梓は踵を返した。 彼が新たにつま先を向けた方は、帰路ではない。
/293ページ

最初のコメントを投稿しよう!

556人が本棚に入れています
本棚に追加