9. 寄り道

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「そうだ! 梓さんがしたがってた山登り、俺と始めてみませんか」 「は?」 「花見ながらのんびり歩くだけのやつ。山頂まで行かなくてもいいし、いい場所があったらシート広げておやつ食べたりしてさ。あ、もちろんおやつは俺が作ってきます」 梓は非常にまとまりのない、不思議な表情をしていた。 気持ちがそのまま出てしまったような、実に彼らしくない反応だ。 「……なんで?」 しばしの時差があり、ようやく梓が発した。 「理由がなきゃだめですか」 文太からの提案に対し、どう反応していいかわからないのだろう。 彼は三脚をバッグにしまい込むと、急に慌ただしく身支度を始めた。 文太も文太で、返事を求めるつもりもない。 その間、クルマユリとニッコウキスゲの名を忘れぬよう、スマートフォンのメモ帳に打った。 「行くぞ」 やがて支度を終えた梓が、先行する。 後を追いながら、文太は彼のすぐ後ろまで距離を詰めた。 「弟である俺が、責任を取りますから」 「は?」 途切れたと思っていた話題が続いていたことに驚いたのか、梓が一瞬、立ち止まる。 「梓さんを勝手に山に引きずり込んでおきながら、勝手に死んだ兄の責任を、俺が取るってことです」 「意味わかんない」 続けて放たれた一言はひどくぶっきらぼうで、肯定でも否定でもなかった。 「ほかに花咲いてたら、教えてくださいね」 声をかけると、彼は振り返らずに 「たぶん、如月避難小屋の稜線にコマクサが咲いてる」 ただ一言だけ、そう呟いた。
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