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「そうだ! 梓さんがしたがってた山登り、俺と始めてみませんか」
「は?」
「花見ながらのんびり歩くだけのやつ。山頂まで行かなくてもいいし、いい場所があったらシート広げておやつ食べたりしてさ。あ、もちろんおやつは俺が作ってきます」
梓は非常にまとまりのない、不思議な表情をしていた。
気持ちがそのまま出てしまったような、実に彼らしくない反応だ。
「……なんで?」
しばしの時差があり、ようやく梓が発した。
「理由がなきゃだめですか」
文太からの提案に対し、どう反応していいかわからないのだろう。
彼は三脚をバッグにしまい込むと、急に慌ただしく身支度を始めた。
文太も文太で、返事を求めるつもりもない。
その間、クルマユリとニッコウキスゲの名を忘れぬよう、スマートフォンのメモ帳に打った。
「行くぞ」
やがて支度を終えた梓が、先行する。
後を追いながら、文太は彼のすぐ後ろまで距離を詰めた。
「弟である俺が、責任を取りますから」
「は?」
途切れたと思っていた話題が続いていたことに驚いたのか、梓が一瞬、立ち止まる。
「梓さんを勝手に山に引きずり込んでおきながら、勝手に死んだ兄の責任を、俺が取るってことです」
「意味わかんない」
続けて放たれた一言はひどくぶっきらぼうで、肯定でも否定でもなかった。
「ほかに花咲いてたら、教えてくださいね」
声をかけると、彼は振り返らずに
「たぶん、如月避難小屋の稜線にコマクサが咲いてる」
ただ一言だけ、そう呟いた。
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