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「梓さん、よかったら一緒に行きませんか?」
今日の本当の目的を言い切ってしまうと、緊張を緩めるために長く息を吐いた。
その短い間で、首から上に血がめぐり、耳たぶあたりでどくどくと脈打つ。
朝から何度もシミュレーションしていたはずなのに、出だしが怯んでしまったのが悔やまれた。
「うん」
梓はあっさりと肯定した。
あまりにあっけなくて、それを素直に受け取ることができない。
「うんって何ですか?」
「うんはうんだろ」
「行くってこと!?」
「それ以外になにがあんの」
ようやく肯定を受け止めた時、締めていた唇が無意識に開き、笑みに変わった。
休みの日に、梓と丸一日一緒にいられる。
それが改めて特別なことのように思えた。
にやけているのをまじまじと見つめられて恥ずかしかったが、もう誤魔化しようもない。
文太はあぐらをかいた足をゆらゆらと船のように揺らして、喜びをあらわにした。
「えへへ」
「なんだよ、その笑い方」
「嬉しさと照れがごっちゃになって」
梓はこちら向きに側臥位になると、とろりとこぼれ落ちそうな視線を寄越した。
寒さのせいだろうが、頬は火照り、瞳はランタンの光を蓄え、潤んでいる。
「梓さん、眠いんですか」
「ん、ちょっと」
微睡む梓は、まるで炎に炙られて身を蕩かすろうそくのようだ。
文太は彼から目を逸らし、テントのカーブに細長く映り込んでいる自身の影を見つめた。
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