10. 誰でもいいなら

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「でもさ、やりたいとは思うんでしょ?」 「いや、よくわかんないです……。もっと仲良くなりたいとは思うけど」 たしかに、欲情はする。 我慢しているという自覚は大いにあるのだ。 しかし、最終目的がそこであるかと言われると、そうではない。たとえもし、なにかの拍子にそうなっても——それは通過点でしかないとも思う。 「体とかじゃなくて、心で近づきたいっていうか……」 「えー、もうガチ恋じゃんそれー」 けらけらと笑い飛ばされる。 わざと避けて歩いていたその名称を今、楠本から投げられて、ひどく動揺した。 しかしその言葉は反発することなく体にめり込み、やがて深層にまで馴染んでいく。 もう、認めざるを得ないのだろう。 自分はもうすでに、いや、きっと初めて会った時から———— 「あー。やっぱりブンちゃんの読み、当たりだったわ」 ふたたび客席に目を向けた楠本がぽつりと呟いて、文太も視線の先を追った。 例のふたりはもう食べ終えて、リラックスしながら会話を楽しんでいた。 あったまったねーとか、今夜は何作ってくれんのーなどという、たわいないものだ。 楠本が確信を得たのは、先ほどはぶつかり合っていただけの脚が、より密着していたからである。 セトウチさんの脚を、ユカワくんが暖めてあげるように、両脚で挟んでいた。 しかも、どうやらふたりは、それを無自覚のうちにやっているらしい。 日常的にしている癖がつい出てしまったという自然さだった。 やがて、ふたりの視線が絡まり合って、瞳の中に熱が生まれた。 「……完全にやる流れだな、あれ」 間もなく席を立ち、食堂から出て行ったふたりを見て、楠本が遠慮なく放った。 文太がどんぶりを下げると、なぜか八つ当たりするような雑な所作で、テーブルを拭きあげている。 「あーもー、どいつもこいつも。うちのテン場はラブホじゃねぇっつーの」 「いや、俺はしてませんからね!?」 「はいはい。そーゆーことにしておくよ」 受け流され、消化不良になりながらどんぶりを水洗いした。 楠本はカウンター目掛けてダスターを放り、文太が受け取るのを見届けると、先程セトウチさんが腰掛けていた椅子に座った。
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