557人が本棚に入れています
本棚に追加
/293ページ
「でもさ、やりたいとは思うんでしょ?」
「いや、よくわかんないです……。もっと仲良くなりたいとは思うけど」
たしかに、欲情はする。
我慢しているという自覚は大いにあるのだ。
しかし、最終目的がそこであるかと言われると、そうではない。たとえもし、なにかの拍子にそうなっても——それは通過点でしかないとも思う。
「体とかじゃなくて、心で近づきたいっていうか……」
「えー、もうガチ恋じゃんそれー」
けらけらと笑い飛ばされる。
わざと避けて歩いていたその名称を今、楠本から投げられて、ひどく動揺した。
しかしその言葉は反発することなく体にめり込み、やがて深層にまで馴染んでいく。
もう、認めざるを得ないのだろう。
自分はもうすでに、いや、きっと初めて会った時から————
「あー。やっぱりブンちゃんの読み、当たりだったわ」
ふたたび客席に目を向けた楠本がぽつりと呟いて、文太も視線の先を追った。
例のふたりはもう食べ終えて、リラックスしながら会話を楽しんでいた。
あったまったねーとか、今夜は何作ってくれんのーなどという、たわいないものだ。
楠本が確信を得たのは、先ほどはぶつかり合っていただけの脚が、より密着していたからである。
セトウチさんの脚を、ユカワくんが暖めてあげるように、両脚で挟んでいた。
しかも、どうやらふたりは、それを無自覚のうちにやっているらしい。
日常的にしている癖がつい出てしまったという自然さだった。
やがて、ふたりの視線が絡まり合って、瞳の中に熱が生まれた。
「……完全にやる流れだな、あれ」
間もなく席を立ち、食堂から出て行ったふたりを見て、楠本が遠慮なく放った。
文太がどんぶりを下げると、なぜか八つ当たりするような雑な所作で、テーブルを拭きあげている。
「あーもー、どいつもこいつも。うちのテン場はラブホじゃねぇっつーの」
「いや、俺はしてませんからね!?」
「はいはい。そーゆーことにしておくよ」
受け流され、消化不良になりながらどんぶりを水洗いした。
楠本はカウンター目掛けてダスターを放り、文太が受け取るのを見届けると、先程セトウチさんが腰掛けていた椅子に座った。
最初のコメントを投稿しよう!