10. 誰でもいいなら

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「でもまあ、わりといるもんだよなぁ。同性同士って」 「気づいてないだけで、多いのかもしれませんね」 水切りカゴに食器を置くと、文太も作業台に頬杖をついた。 楠本は椅子の背もたれに寄りかかりながら、脚をだらしなくのばしている。 先ほどの流れが彼のやる気を削いでしまったのか、しばらく仕事をサボるつもりのようだ。 「俺のいちばん最初の嫁もさー、女に寝取られたんだよ」 「え?」 すべての言葉が衝撃だった。 嫁? 最初の? 女に寝取られた? 突っ込みどころが多すぎて、言葉が出てこない。 楠本はこちらの反応など何ら気にしていない素振りで、あっけらかんと言い放った。 「やー、見抜けなかったね。まさかって感じ。ま、次の嫁は男に寝取られたんだけど。まさの2連続だよ? ここまでくるとさ、もう寝取られのプロだよね」 「待って。陽紀さんって結婚してたんですか?」 「うん、2回ね。子どもはいないし、今は独身だけど」 どう見ても自分と同世代か、下手したらそれよりも幼く見える。 若くして結婚したのだろうか。しかも2回? 「え、陽紀さん何歳ですか。俺と同じぐらいじゃないの?」 「ブンちゃんって何歳?」 「ハタチ!」 「あー、じゃあブンちゃんよりも——……」 言いかけた楠本が、ふと視線を移した。 入り口に立つ梓を捉えると、背を向けてから口元をにやつかせた。 梓は、楠本には目もくれず、真っ直ぐにこちらを見ている。 文太に用があるのだ。 「ちょっと外してきます」 文太が厨房から出ると、梓は先に食堂から出て行ってしまった。 楠本はにやけたまま「ごゆっくり」とだけ言った。
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